現在、法医学界では「教授が決まらない」という深刻な問題が表面化しつつあります。
これは非常に危機的な状況です。
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我々法医学者は、死因究明という極めて公共性の高い役目を担っています。
講座のトップである教授が決まらなければ、その講座の方針も定まらず、その地域の死因究明制度が機能不全に陥る可能性すらあります。
今回は、
「何故このような事態になってしまったのか?」
「どのようにすれば、この問題が解決できるのか?」
について解説していきます。
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なぜ教授が決まらないのか?
この答えは確実に【教授に適した人材が不足しているから】です。
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教授が足りない理由には以下の2つが考えられます。
- 教授のポストが少ない
- 教授になる人が少ない
医学部のカリキュラムに法医学が含まれている以上、各大学/大学院には法医学を指導する教授職が置かれるため、「教授のポストが少ない」は基本的にあり得ません。
つまり、教授が足りないのは『教授になる人が少ないから』ということになります。
法医学講座は日本に約80大学に存在し、教授ポストも約80席あるわけですね。
一方で、法医認定医(=学会が一定の知識と技能に達していると判断した法医学者)を持つ人は約140人です。
単純計算で1大学に2人も法医認定医はいません。
しかも、教授は原則法医認定医であると考えると、残すところの非教授の法医認定医は全国で60人ほどしかいないのです。
その中で教授候補となり得る人材はさらに限られてしまいます。
これがこの問題の根底です。単純な「法医学者不足」なのです。
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「別にいきなり全国の教授が退職するわけじゃないんだし、全国で60人もいれば何とかなるのでは?」
ひょっとすると、そうやって楽観的に思う方がいるかも知れません。
いやいや、、、むしろ60人しかいないんですよ?
教授の公募が出る度、たった60人の中から毎回都合良く優秀な教授候補が出てくるわけなんてありません。
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さらに「適任者不足」について深掘りします。
そもそもの「人的不足」は大前提として、それ以外の要素も2つあります。
- 教授に“なれない”
- 教授に“ならない”
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教授に“なれない”
つまり「教授になりたくてもなれない」というパターンです。
この理由は様々です。
- 公募条件を満たしていない
- 経験や業績が足りない
- 既に教授候補がいる
- 適性年齢ではない(≒ 若すぎる、年を取り過ぎている)
いざ教授候補の法医学者が「教授になりたい」と思っても、これらの条件に引っかかってしまうと教授にはなれません。
最近の公募条件には「博士号」「研究実績・教育経験」「医師免許・法医認定医」などが求められている印象です。
大学によっては、「准教授以上」や「講師以上」を課している場合もあります。
年齢的なものは最近はあまり重視されなくなってきましたが、経験や業績は求められるため、あまりに若すぎたりする場合は、結局それらの条件をクリアできません。
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教授に“ならない”
「教授の条件を満たしているが、あえて応募しない」というパターンです。
その理由は下記などが考えられます。
- 教授業務が嫌
- 落選が嫌
- 転勤が嫌
冒頭に書いたように、教授になると、責任の重い業務が増え、最終的それらを一手に負うことになります。
それに加え、会議などの大学業務や警察との協議なども増えます。
こういった多忙な業務は、教授への願望を削いでしまいます。
私の周りにはこれを仰る先生方を意外とちらほら見かけます…。
また、公募っていわゆる“教授選”ですからね。。
人が少ないからとは言え、もし対抗馬に優秀な法医学者が出ていたら落選します。
法医学は狭い世界ですし、それを嫌って応募を躊躇することもあります。
そして、首尾よく教授になった場合でも、他大学で教授になった場合は、転勤になることも少なくありません。
家族がいて引っ越しが困難だったり、住み慣れた街を離れがたい気持ちがある場合は、やはり応募を見送る動機となり得ます。
以上から、法医学の教授がなかなか決まらない理由は、【そもそも法医学者自体が少ない上、その中から教授適格者となると全然母数が足りないから】ということでした。
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どうすれば法医学教授が決まらない問題を解決できるのか?
それでは、どうすればこれらの問題を解決することができるのか?
正直あまり現実的ではありませんが、以下の2つくらいしかありません。
- 教授兼任を認める
- 教授公募のハードルを減らす
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教授兼任を認める
A大学の法医学講座の教授が、B大学の法医学講座の教授も兼任するという方法です。
これは実際に存在する対応で、2つの大学の法医学講座を一人の教授が運営していくわけですね。
ただ単純に前述のような重い責任や教授業務が2倍になりますし、身体は1つなのでどうしても限界があります。
実際は「(当面兼任を認めるものの)引き続き専任教授も募集する」といった対応がなされることが殆どであり、新教授が決まり次第、兼任は解かれるケースが多いようです。
教授公募のハードルを下げる
これは本当にやむを得ない状況であり得ます。
つまり「公募条件のハードルを下げることで応募対象者を広げる」という狙いですね。
例えば、「講師以上→助教以上」「博士課程修了→修士課程修了」「医師免許必須→医師免許不要」などです。
ただ私自身は「(上記のような対応が)実際に為された」という話は聞いたことはありません。あくまで私の想像です。
ただし、大学にもプライドがあるでしょうし、質の低下等のリスクも伴いますから、あまり現実的ではありません。
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(教授不在を貫く)
これはもう最悪のケースです…。
「教授が決まらないのであれば、決まるまで不在ままでいこう」ということです。
積極的に公募をかけても教授が決まらず、結果的に不在が続いてしまうことはあります。
その間は准教授や講師といった他の先生だけで運営を続けたり、最悪講座を閉鎖することにもあり得ます。
過去にも教授が不在のために、その地域の死因究明体制が脆弱となって影響が出たケースも報道されていますし、やはり絶対に避けるべき状況であることは言うまでもありません。
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しかし、結局は「今すぐにはどうにも対応しようがない」というのが現実です…。
今でこそ、やっと学会や文部科学省・大学も法医志望者の増加に小さな手を打ち始めましたが、法医学者になるには最低でも医学部入学から8年かかります。
なので、“今”法医学を志望する医学生が大学に入学したとしても、その人が教授になるのは少なくとも約15年以上はかかるわけですよ。
人材不足が表面化し始めた今、「これから15年はこのままの状況を耐えるしかない」ということです。。
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この問題は、法医学者だけの話ではありません。
皆さんの生活に大きく関わる問題です。
それを多くの市民に知ってほしいです。
そして、これはもう法医学者だけでは絶対に解決できません。
法医学者はSOSを出すのがすごく下手です。アピールするのも下手です。
これを読み、「このままではまずい!」と感じて支援してほしいです…。
これは現場で働く法医学者の痛切な思いです。ご理解とご協力をお願いします。