【不詳の内因死】
皆さんはこのワードを聞いたことがありますか?
おそらく聞いたことのある人は、法医学者か警察医の先生、警察関係の方だと思います。
逆にそれら以外の人は、あまり聞き馴染みのない言葉でしょう。
今回はそんな【不詳の内因死】を取り上げようと思います。
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“不詳の内因死”とは何か?
まず“不詳の内因死”とは何なのでしょうか?
そもそもこの言葉に、明確な定義があるわけではありません。
一般的には「内因による死亡ではあるが、死因が特定できないもの」とされます。
『内因による死亡 ≒ 病死』なので、もっと噛み砕くと【病死ではあるが、病名が特定できないもの】と言えるでしょう。
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“不詳の内因死”が使用されるのはどのようなケースか?
“不詳の内因死” これがどのような状況で使用されるのかというと、、、
特に検案現場において「検案等で外因死は否定できるが、病名の特定まではできない」というケースに、実務上は割と広く使われています。
法医学領域においても「解剖も含めたあらゆる死因究明を行っても死因が特定に至らなかった(しかし、外因死ではないことはほぼ明らかである)」という状況下で使用されることがあります。
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この死因が付くと、警察側としては、死因こそ分からないにしても、事件性を疑うような外因死を除外できるため有り難いわけですね。
検案医としても、外因死を含む「全くの不詳」というわけではなく、「何らかの病死です」と、遺族に言うことができるという気持ちの上でのメリットもあるのかも知れません。
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仮想事例の紹介
では具体的に、死因が【不詳の外因死】と判断されそうな、仮想事例を2パターン紹介します。
仮想事例①

人物像:
45歳の男性、独身。一人暮らしで近所付き合いはほとんどなく、実家の両親とも疎遠だった。
過去に特に病気をしたこともなく、定期健康診断でも異常を指摘されたことはない。病院受診歴もなく、かかりつけ医もいなかった。喫煙や飲酒の習慣はなかったが、仕事柄不規則な生活を送っていた。
死亡状況:
勤務先である会社に、2日連続で無断欠勤したため、心配した上司がアパートを訪問した。
玄関ドアは施錠されていたため、管理会社を通じて解錠し室内に入ったところ、居室内の布団の上で仰向けのまま意識・呼吸がない状態で発見された。
上司が119番通報し救急隊が到着したが、すでに死後硬直と死斑が明らかであり、救急不搬送とされた。
検案医による検案結果:
検案医による外表検査で、目立った外傷や暴行を示唆する所見は認められず、現場にも特に事件性や争った形跡はなかった。
薬物の服用痕跡や異常な生活環境もなく、室内は清潔で日常生活を問題なく送っていた様子が確認された。
両親に連絡が取れたが、本人は特に持病もなく、病気にかかったという話は聞いていないとのことだった。
死因の記載:
死亡状況や現場の状況から外因死(事件・事故・自殺など)は否定的であり、自然死(病死)が推測されるものの、明らかな死因を特定する情報が乏しく、解剖による精査も行われなかったため、検案医は死体検案書に『不詳の内因死』と記載した。
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既往歴も通院歴もなく、検案しても何も認められない…実務上も割とあるあるなパターンですね。
この検案医は結局死体検案書に【不詳の内因死】と記載したわけです。
自分で書いておいてなんですが、この場合、割と年齢が若い方の突然死なので、解剖に回る可能性も結構ある気がします。(※地域に依るでしょうが)
ただ解剖をしても、何も死因に繋がる所見が出てこない可能性も高かったりするわけですが…。
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仮想事例②

人物像:
78歳の女性、一人暮らし。息子夫婦が近所に住み、週2〜3回様子を見に来ている。
糖尿病・高血圧症の既往があり、定期的に内科へ通院しているが、直近では大きな病状の悪化は見られていなかった。
死亡状況:
息子が2日前に訪問した際には、特に異常なく普段通りに生活していることを確認していた。
当日朝、自治体の訪問ヘルパーが定期訪問したところ、居間の椅子に座ったままぐったりした状態で意識がなく、既に身体の硬直が始まっていたため、救急隊と警察が呼ばれた。
救急隊到着時には明らかな死後硬直と死斑が出現しており、救急不搬送とされた。
検案医による検案結果:
外表検査を行った医師の所見では、明らかな外傷や事件性の兆候は見られなかった。
自宅内は整然としており、争った形跡や不審な点も認められず、自然死が推定された。
かかりつけ医からの情報でも、慢性疾患の治療中ではあるが、死亡に直結するような急性の症状は最近見られていないとのことだった。
死因の記載:
検案医は状況から自然死(病死)が疑われると判断したものの、明らかな死亡原因(急性心筋梗塞や脳卒中など)を裏付ける臨床情報や身体所見が乏しく、解剖による確認も行われなかったため、『不詳の内因死』として死亡診断書を作成した。
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こちらはもっとあるあるで「高齢者の死亡、既往歴はあるけども死因になるほどの程度ではない」というパターンです。
糖尿病や高血圧という冠動脈リスクを抱えているので、死因は”虚血性心疾患”などの可能性も十分考えられますが、検案だけではなかなか根拠に欠けますよね…。
ということで、『不詳の内因死』との死因が付けられました。
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”不詳の内因死”の問題点
さて、以上2事例をみましたが、皆さんはどう思いますか?
「まぁ、妥当なんじゃない?」
「何が問題なの?」
そう思う人も多いと思います。
実際に、↑と同じような経験をしている先生もいるかも知れません。
ただ、、、私は敢えて言いたい。「それで良いのでしょうか?」と。
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外因死の見逃しリスク
「不詳の内因死」という死因を付けることの問題点として挙げられるのが、まず「外因死を見逃すリスク」です。
外因死が除外できるからこそ、「不詳の内因死」という死因を付けているのに、どこか逆説的に聞こえます。
しかし、私が最も言いたいのは「本当に外因死を否定できるほどの死因究明をしたのですか?」ということです。
例えば、先ほどの架空事例で言うと、事例①では、
検案医による外表検査で、目立った外傷や暴行を示唆する所見は認められず、現場にも特に事件性や争った形跡はなかった。
薬物の服用痕跡や異常な生活環境もなく、室内は清潔で日常生活を問題なく送っていた様子が確認された。
事例②では、
外表検査を行った医師の所見では、明らかな外傷や事件性の兆候は見られなかった。
自宅内は整然としており、争った形跡や不審な点も認められず、自然死が推定された。
という記載から、何となく「外因死を否定できた感」はあります。
おそらく警察も、少なくとも薬物検査キットを用いた尿検査をして、それは陰性であったのでしょう。
しかし、逆に、「それだけで良いんですか? もっと詳しく調べる必要はないのですか?」と、そう私は感じてしまうのです。。
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例えば、検案をしても外表から見えないような体内の出血だってあり得ますよね。
画像検査も行っていませんし、頚髄損傷などはCT検査をしても分かりにくいものもあります。
目に見えない一酸化炭素中毒死だってあり得ますよね。(鮮紅色死斑が不明瞭なケースだってある)
圧痕が目立っていない窒息死の可能性だってあるかも知れませんよ?
薬物検査キットは、すでに設定された薬物しか検出できず、逆に設定されていない薬物は検出できないです。
ということで、極論を言っちゃえば、『しっかりと死因究明をしなければ外因死を除外することは不可能なはずだ』と私は思うのです。
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死因統計や公衆衛生データの不正確化
また、安易に「不詳の内因死」で死因究明が終了し、それが多用されると、死因統計に不確実性が生じます。
本来なら心筋梗塞、脳卒中などといった特定の疾患に分類すべきケースが、「不詳の内因死」に含まれることで、
- 特定疾患の実際の発生率や死亡率が過小評価される
- 予防施策や保健対策の精度が落ちる
という影響が出てくる可能性だってあります。
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死因は「不詳」と記載すべきではないか?
そこで、私は、前述のようなケースで、死因に「不詳の内因死」と付けるのではなく、やはり「不詳」と付けることを提唱したいと思います。
実際、私はこれまで「不詳の内因死」という死因を、死体検案書に記載したことはありません。
仮想事例のようなケースでは、確実に死因は「不詳」としています。
その理由は、やっぱり「外因死の否定」は、死因が特定されて初めて可能であると考えているからです。
“犯罪死の否定”って、私は【他の死因の特定】によって初めて為されるものだと思うので、“不詳の内因死”とか正直意味分からんです。。
— 法医学ブログ@法医認定医 (@houigakublog) March 30, 2025
「いや、それは(犯罪死も含めた)【不詳】なのでは?」と…。
要は「死因は○○である」と判明して初めて「それが外因死ではなかった」と分かるのが通常の流れなのではないか?と。
特に検案のみ事例において「死因はわからないけど、外因死ではない」と断定してしまうのは、どこか違和感を感じ得ずにはいられないのです。。
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ただ、確かに、解剖を含めた“更なる死因究明”というのが難しい現状もあるかと思います。。
- 検案のみで何とか死因を付けなければならない
- (検案結果として)遺族に「死因は不詳です」とは言えない
そんな背景があるのは、私も十分理解しているつもりです。
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厚労省からのお達し
厚生労働省も、似たような考え方があるのか、「死亡診断書(死体検案書)記入マニュアル」には下記のような記載があります。

Ⅰ欄に「不詳」、「不詳の内因死」、「不詳(検索中)」などと記載する場合には、死因の種類として「⑫不詳の死」を選択してください。
そうです。『死因を「不詳の内因死」とした場合でも、死因の種類は「①病死及び自然死」とするのではなく、「⑫不詳の死」にしなさい』と言っているわけですね。
ICD-10にもそのように分類される項目はなく(R99は「その他の診断名不明確及び原因不明の死亡」ですし)、
その点からも、やはり「不詳の内因死」なるものは、本来「不詳」に包含されるべき表記なのかなと思います。
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「不詳の内因死」 vs.「不詳」
「いやいや、「不詳の内因死」 と書こうが、「不詳」と書こうが、結局意味合いは一緒じゃん」
こう考える人もいるかも知れません。
確かに、前述の【死因統計や公衆衛生データの不正確化】は、死因における「不詳」の多用でも同じように出てくる問題です。
しかし、両者で明確に違うのが、前者(=不詳の内因死)では『検案医が「外因死を否定した」という診断責任を負うことになりかねない』という点です。
冒頭に書いたように、警察は、医師が外因死を否定してくれると有り難いわけですが、それくらい、これは重い責任になります。
万が一、後で実は外因死だったと判明した場合、診断責任を追及される可能性もゼロとは言えません。
少なくとも、真面目に検案をしている先生方は、きっと自責の念に駆られるはずです。
しかし、「不詳」と記載すれば、「外因死を完全に否定できたわけではない」と、責任の範囲を明確化することができます。
先の具体例のように、「(厳密に言うと)外因死を完全には除外し切れていないケース」も実際には結構あるでしょうから。
そういう事態に対処すべく、私は安易な「不詳の内因死」は避けて、悩ましいであろうが「不詳」と記載すべきだと考えます。
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終わりに
さて、ここまで読んでみて、皆さんはどう思いますか?
難しい問題ですが、皆さんにきちんと考えてほしいと思い、今回取り上げました。
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死亡診断書や死体検案書は、結局のところ、「記載した医師がどのように感じたか?」ここに尽きます。
検案だけであっても、その医師が「いや!外因死は絶対にあり得ない」と思えば、「不詳の内因死」と書いても周りはそれを非難はできませんし、
どんなに死因究明をして、外因死の可能性が限りなく低くても、記載医が「いや、これは“不詳”とします」と判断すれば、それもまた可なのです。
最終的には、その記載医師の経験と知識によって裏付けされた判断次第です。
ですので、私自身も、この記事を読んだ上で、変わらず「不詳の内因死」と書く先生は否定をしませんし、それはそれでありだと思います。
むしろ、ご自身の経験と知識を以て、記載する診断責任を負う覚悟があるのなら、特定の疾患名を死因とすることはあってしかるべきだと思います。(→ 例えば、架空事例②において、死因を「虚血性心疾患」と判断するのは、割と全然ありだと私は思います)
だって、そうじゃなければ、死因統計の意味もなくなりますし、「もう全て死因不詳でいいじゃん」という危険な思考回路に陥ってしまいかねません。。
ですので、最終的に私が言いたいのは、
- しっかりと死因究明をすること
- (死因究明をした上で)自信の経験と知識を以て死因を付けること
- その結果の責任を負うこと
この3点が全てです。
3点を踏まえているのであれば、“不詳の内因死”という書き方も十分許容されるべきでしょう。