臨床法医学とは何ぞや?

さて、今日は“臨床法医学”について考えたいと思います。

下記の論文(総説)を参考・引用します。

内ヶ﨑, 西作, 2024, 臨床法医学とは: 東京医科大学医学会, 126–130 p.
https://tmu.repo.nii.ac.jp/records/2000378

“臨床法医学”という言葉を聞いても全くイメージの沸かない人も多いと思います。

「“臨床法医学”とは、生きた人を診る新しい法医学だ!」みたいなフレコミを法医学者はよく使いますが(私も…)、正直それではよくわかりません。

実際、「臨床法医学とは○○である!」と明快に定義したものはまだありません。

前述の総説にも、正直明確には書かれていません。

最初に 「臨床法医学」という概念を打ち出し、それを具体的に示したのはローマ大学法医学研究所(イタリア)の von Cesare Gerin である。1969年、Gerin は以前からの法医病理学(いわゆる法医解剖部門)と法医中毒学の部門に加えて、性犯罪や虐待の被害者、交通外傷、労働災害等の法的援助を必要とする患者に入院治療と同時に必要な法的手続きを行える施設と機能を持った臨床法医学部門を整備した。

日本では…〜略〜…「臨床法医学」といえば被虐待疑いの子どもの法医学外傷診断を指すと思う方も少しずつ増えてきている。

児童虐待への対応は本来の臨床法医学実務の一部にすぎない。

この辺りが、“臨床法医学”を定義付けるための助けになりそうです。

敢えて定義するなら【臨床法医学とは、生存している犯罪被害者や事故被害者に対する医学的診察・鑑定を行い、その結果を法的手続きに役立てる法医学分野である】といったところでしょうか。

総説に書かれているように、確かに「解剖はやりたくないが被虐児童を救いたいと思う学生も少なからずいる」と私自身も最近よく感じます。(特に女の子で多い)

法医解剖のように“3K”(きつい、臭い、危険)ではありませんし、肉体的な意味では比較的軽労働だったりすることが、今のZ世代に受けているのかも知れませんね。

しかし、とは言え、本家本元の法医業務(=解剖業務など)がおぼつかない状況でなので、、、仰るように、なかなか「臨床法医学だけをやる」というのは難しい現状かと思います。。

マンパワー不足は、この総説でもかなり掘り下げられており、やはり大学のポスト不足が主因と指摘しています。

教授1、准教授1、講師及び助教2の計4が一般的な定員となる。しかし定員4を全て医師で埋めるわけにはいかないので、医師は4名のうち1~2名程度である。そう考えていくと、日本の法医学医師は150名程度しかおらず、一県一大学の地域では、その地域内に1~2名程度しかいないのである。 この人数で、年間100前後、あるいはそれ以上の法医解剖に対応しているのである。

まさに今の問題点を数字で客観的に示した鋭い指摘ですねー。

これに加え、

日本の「臨床法医学」は、残念ながら海外にかなりの後れをとっているといわざるを得ないのである。
このような状態では、必然的に臨床法医学が普及するわけがないであろう。
このような現状では、法医学のマンパワー不足の解決 は望み薄である。

こういった文章からは、著者の怒りや半ば諦めが見え隠れします…。苦笑

この先生は、「全国に200以上ある児童相談所に、常勤医師として法医学医師を1施設1人採用すれば、200を超えるポストを新設でき、法医学医師も増えるであろう」と言います。

確かに、こうなれば法医学医師には公務員のポストが与えられ、雇用が安定しますね。

各虐待疑義事案に対して、専門的な視点から助言され、より正確な判断が増えることでしょう。

ただ個人的には、下記のような2つの疑問点があります。

公務員になってしまうと、臨床法医学以外の業務経験はどうするのか?

児童相談所の専属医師となると、公務員になります。

そうなると、職務専念義務を負い、業務にかなりの制限がかかります。

法医学者の仕事には、解剖や鑑定書作成、研究、教育と様々な仕事があり、それらはどれも法医学者の経験としてはとても重要なものです。

脂の乗った中堅の法医学者にとって、3〜5年という一定期間であれ、これらができなくなる不安はきっと出てくるでしょう。

また法医学者の中には、解剖が好きな先生も多く、逆に生きた人の対応が苦手な先生も正直一定数いると思います。。

となると、法医学者達自身の立場として、(社会からのニーズはあれど)どこまで「臨床法医学をやりたい!」と思う法医学者がいるのか?

200人というのは、あくまでもひとつの仮設定に過ぎませんが、せいぜい各都道府県に1-2人程度、つまり全国でプラス50~人が妥当なところかな?と思ったりします。

そもそも法医学者じゃなきゃ駄目なのか?

これは、正直私自身ずっと思っていた疑問なのですが、、、そもそも虐待疑義事案の創傷鑑定は、法医学者が独占すべきものなのか?です。

法医学者としては、「常日頃から創傷を視慣れており、鑑定書作成も日常的に行っている法医学者こそ、専門家たり得るのだ!」という意見があります。

確かにそれは一理も二理もあるのですが、、、例えば、それは日常的に小児診療に携わっている小児科などの先生が、

写真の撮り方なり、鑑定書の書き方を一定期間学んで、その後専門家として現場で働いてもよいのではないか?

その児の長期的なフォローという意味では、法医学者よりも臨床の先生の方がずっと適しているでしょうし、むしろ「臨床医への教育機会の充実を進めるべきではないか?」と。

…とまぁ、こんなことを言ってしまうと、他の法医学の先生方から「お前には法医学者としてのプライドは無いのか!?」お叱りを受けそうですけどね。

個人的にも、臨床法医学は将来的にもかなり需要がありそうな分野だとは思うのですが、それを法医学者の領分として抱え込んでしまうのは、少し疑問を感じたりしています。

もちろん、法医学者のポストは増えてほしいのですが、やっぱり一番は「被害者(だけでなくその疑いをかけられている人も)にとって最もメリットのある構造は何なのか?」ですからね。

マンパワーも含め、現状ガタガタな法医学が更なる新領域を抱え込んで、被害者等に更なる迷惑をかけるよりは、

ある程度人手に余裕のある臨床にも多分の力を出してもらって、法医学は「フォローする」くらいの気持ちでいた方がいいのかな?なんて思ったりしてます。

『先ずは児童虐待などにおける外傷診断のみであったとしても臨床法医学に積極的に取り込んでいくことが、社会貢献のみならず日本の法医学全体の充実につながるだろう。』

とは言え、法医学の社会貢献…大事ですよね!

是非、読者の皆様も、この総説を実際に読んで、いろいろと考えてみてください!!

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