司法解剖鑑定書の未作成問題について

Xにて↑のポストを呟いたところ、割と反応を頂きました。

司法解剖の鑑定書?それが未作成?

そんな耳慣れない言葉に興味を持った人もいるのかも知れません。

ポストにもあるように、このニュース記事は2018年のものなのですが、

その後この問題が改善されたのか?という記事はこれ以後出てきません。

そこで今回はこのニュースを深掘りし、現在はどうなのか?にも言及していきたいと思います。

司法解剖の流れ

まずこのニュースを理解するためには、司法解剖の流れを知る必要があります。

実際に司法解剖を行うためには、いろんな手順を踏んでいく必要があるのです。

例えば、“警察”が目の前のご遺体の死因を知りたいと思ったとします。

警察は医療人ではありませんので、自分たちだけではどうすることもできません。

死因究明を外部の専門家、この場合は法医学者に依頼(=嘱託)する必要があります。

そうすればすぐに法医学者に嘱託して解剖できるか?といえば、当然NOです。

そんな簡単にポンポン解剖にできるわけではありません。

警察が必要だと思えば、まずその必要性を裁判所に訴えて、許可を貰う必要があります。

「このご遺体の○○を鑑定するための解剖を許可します。」
鑑定処分許可状

「法医学者 何某医師に鑑定を嘱託します。」
鑑定嘱託書

こういった書類を貰うことで、法医学者は実際に解剖・鑑定ができるわけですね。

鑑定嘱託書には、実際に鑑定してほしい事柄(鑑定項目;死因や凶器、飲酒の有無等)が記載されています。

法医学者もやたらめったら解剖するわけではなく、この鑑定項目に沿って解剖を行っていくわけです。

そして、解剖や各種検査(病理検査や画像検査、薬毒物検査など)が全部出揃ったところで、各鑑定項目を検討していき、まとめとして鑑定書を作成します。

結果の総まとめである鑑定書を作成し、警察にそれを渡すことでやっと一連の鑑定が一区切りとなります。

もう一度言います。

【鑑定書を作成し、警察に渡すことでやっと一連の鑑定が一区切りとなります。】

そもそもこのニュースは何か?

ここまできてやっと、冒頭のニュースが理解できます。

ニュースのスクリーンショットは↑上の通りです。

ニュース記事名を検索すれば、某大学法医学教室がアップロードしたPDF記事が出てきます。(2023年12月12日 時点)

著作権的にどうなのか?はわかりませんが、法医学教室がupしているくらいですから大丈夫なんだと思います。(当サイトでは一部加工しています)

内容はタイトルにもあるように、このニュースの趣旨は、

「(法医学者による)司法解剖の鑑定書が未作成となっている」

ということです。

先程勉強したように『鑑定書を作成して警察に渡すことで、一連の鑑定がやっと一区切りとなる』わけですが、

その“鑑定書”が未作成という状況は、、、極めて由々しき事態なのです。。

だって、鑑定項目に対するアンサーを鑑定書に書いてやっと鑑定が終了するのに、それを終えていないのですから…。

冒頭のニュースでは、

平成27〜28年において、

  • 司法解剖数 → 1万6750件
  • 鑑定書提出件数 → 1万3530件

ということだったので、

その引き算である「約3000件の鑑定書が未作成なんじゃないのか?」という問題提起ですね。

しかし、必ずしもこの判断は妥当ではありません。

何故なら「鑑定書作成には時間がかかるから」です。

司法解剖を行ったとしても、各データが出揃って鑑定書が出来上がるのは早くても数ヶ月後、

つまり、例えばH28年に解剖しても、実際に鑑定書が出来上がるのは年を跨いだ平成29年になることもあるわけです。

なので、その年の単純な引き算が、全て=未作成数とは言えません。

絶賛作成中の鑑定事案も含まれているはずです。

とは言え、やはり未作成のままのものも必ず一部には含まれているはずです、、、がその実数はこのデータだけでは判断できないというわけです。

ということなので、このニュースは、論理としては甘さが見えます。

この状況は現在改善されたのか?

それでは、近年の状況はどうなのでしょうか?

それを示すデータが↓です。

令和元年の各都道府県毎の司法解剖のデータです。

先のニュースに準じて書くなら、

令和元年において、

  • 司法解剖数 → 8087件
  • 鑑定書提出件数 → 6455件

※鑑定書を提出した場合に死体鑑定謝金が支払われるはずなので、ここでは死体鑑定者金執行件数=鑑定書提出件数としています。

単純な引き算として、1500件近くが鑑定書未作成であるという判断になります。

H27〜28年の2年で3000件だったので、、、令和元年でも殆ど変化はありませんね。。

もちろん、前述の通り、この単純な引き算で出た数字が =鑑定書未作成ということではありません。

しかし、パッと見る限りは、あまり状況には変化がないように見えますね…。

都道府県毎に目をやると、「逆に、数字が多い(司法解剖件数よりも鑑定書提出件数の方が多い)都道府県もある」ということに気づくと思います。

これは先ほどの理屈と同じで「前年以前の鑑定書を当年に作成提出したから」ということです。

それに加え、例えば、教授の退官などで人事異動が控えている場合は、その法医学者が溜めていた鑑定書を一気に吐き出すこともあるので、一見すると一気に増えたように見えることもあります。

そういったことを考慮すると、もしかすると実際の鑑定書未提出件数はもっと多いかも知れません。。

私の所感

ということで、そもそもこのニュースの妥当性は正直明確ではありません。

しかし、一部事例で鑑定書が未作成となっている問題、これは実際あります。

ニュース記事にもありますが、この状況は犯罪見逃しにも繋がりかねない由々しき事態です。

なぜこんなことが起こるのか?

これには多くの要素が考えられますが、これも記事にあるように「時間がない、多忙である」というのは一因ではあると私も思います。

しかし、鑑定を受ける以上、私自身はそれを理由にして、解剖だけ行って、鑑定書は未作成のままにしておく、というのは決して許されません。

無理なのだったら、むしろきちんと断らないと駄目だと思います。

私がいる地域では、鑑定書が遅れていると警察も法医学者に対して鑑定書作成を促してきますが、(そもそもその時点で検査結果が出揃っていないこともしばしばありますが…)

警察も、鑑定書未作成のままでもなぁなぁで済ませてしまうくらいの解剖依頼をするのは如何なのか?と思わないでもありません。

もし鑑定書が作成されていないのなら、言いづらくても、警察もきっちりと法医学者に言うべきです。

ちなみに司法解剖と比較して、“死因・身元調査法解剖”(調査法解剖、新法解剖)というのがあります。

こちらは【事件性のないものは調査法解剖】という適用の違いもありますが、

調査法解剖では鑑定書作成が不要』というのも運用の上では大きな違いだったりします。

そもそも事件性がないのなら、わざわざ鑑定する必要もないですし、

鑑定する必要がないので、裁判所にわざわざ許可を取る必要もありません。

本来なら、こういった種の解剖をもっと活用すべきなんでしょうが、“事件性がない”という状況でしか選択できないので、

事件性が微妙な事例、またははっきりしない状況では、警察も司法解剖を選択せざるを得ないという制度設計の問題点はあります。。

また、中には「鑑定書が無くて、裁判の方は大丈夫なのか?」と思った人もいるかも知れません。

これに関しては、司法解剖(鑑定)を行っても、実際に全ての事案で裁判になるわけではないので、それら全てがすぐに問題になるわけではありません。

逆に、裁判になるような事案は確実に鑑定書が作成されています。

というわけで、今回は司法解剖鑑定書の未作成問題を取り上げました。

正直、実態は定かではありませんが、これは今後も注視すべき観点であるのは間違いありません。

そして、その背景には、法医学者の多忙や、事件性の判断といった根深い問題を孕んでいます。

世間の皆さんにも一度しっかりと考えてみてほしいですね。

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