法医学者が遺族の個別相談をお受けできない理由

(※現在ご遺族様からの個人的な相談は受け付けておりません)

「家族が亡くなったのですが、不審な点があります。写真があるのですが、みてくれませんか?」

ネットで活動していると、医療訴訟を中心に、このようなご相談が実は結構あります。

しかし、冒頭にあるように、私自身はそういった類いの相談を受け付けていません。

何故、受けつけないのか?
法医学者であるなら、受けるべきではないのか?

確かにそのようなご意見もあるかと思います。

今回は、上記のような、遺族からの法医学的なご相談を受けることが難しい理由を説明していきたいと思います。

受付が困難な理由は大きく以下の3つが挙げられます。

  1. 提供される情報が限られている
  2. 中立性・客観性の担保が難しい
  3. アフターフォローができない

各々を詳しく説明したいと思います。

提供される情報が限られている

これは最大にして、根本的な理由です。

これまで多くのご遺族から、メッセージフォームを通して「写真をみてほしい」という問い合わせがありました。

しかし、その殆どにおいて、写真と簡単な経緯しか情報として頂けませんでした。

一見、ご遺族が必要ないと思った情報でも、法医学者にとっては重要な情報かも知れません。

「要らないだろう」と自分で決めてしまうのではなく、ある情報は全て提示してもらい、その上で法医学者自身が判断するのが鑑定の鉄則です。

もちろん、もし本格的に相談をするとなれば、ご遺族もそれ以外の補足情報を提供していただけたのかもしれませんが、

実際に何度かメールのやり取りしても「それはわかりません」「それは確認していません」という回答が多いのが現実です。

これに関しては、「そもそも遺族が情報収集を手に入れようにも限界がある」というのは重々理解しています。

でも、だからといって限られた情報の中で判断してしまうことで、誤った判断をすることは許されません。

むしろ、かえってそれがご遺族を混乱させてしまう可能性だったあります。

殊にご遺族からの相談には誤診があってはならず、だからこそ制限された情報だけでは判断できないのです。

中立性・客観性の担保が難しい

ご遺族は悲しみの中、不審に感じることがあって、こちらに相談してくださっている経緯は理解できます。

ですが、そういったご遺族からの情報は「偏っている」と感じることは少なくありません。

基本的に相手方の主張やその根拠に関する情報(≒ 遺族に不都合な情報)は、「こちらには提供してくれない」あるいは、肯定的なもの(≒ 遺族に有利となる情報)しか頂けないことが殆どです。

確かに自分たちが「おかしい!」と感じて、それを肯定してもらうがために、我々法医学者に相談しているのですから、

「それはおかしくないのではないか?」と言われてしまうような内容は、法医学者には伝える必要はない、伝える気にはならないという気持ちは分かります。

ですが、それは本末転倒で、我々法医学者は弁護士とは違って、必ずしもクライアントのために動くものではありません。

あくまで『科学的で公正な医学的判断を下すこと』を目的として行動しています。

なので、持っている情報は忖度なく全て伝えていただけないと、こちらも的確な判断が困難になってしまいます。

アフターフォローができない

もしご遺族からの相談に乗ったとして、「これは“黒”です」いう判断に至った場合でも、それ以上の対応はできかねます。

それはネットでの活動という制限上、やむを得ない状況とも言え、私自身は『ネットを超えた活動は一切しない』という信条の下でやっています。

従って、例えば、そこから「訴訟に踏み切る」や「(既にある訴訟の中で)鑑定書を出す」といった行為はできず、自分がした判断のアフターフォローができません。

そもそも前述の通り、不確実な情報をお伝えしてしまうこととは、ご遺族の心の平穏を妨げる可能性もあります。

「写真をみて感想を言ってくれるだけで良いので…」と、おっしゃっるご遺族もいますが、それでも気にしてしまうのが私の心情なのです。

以上がご遺族から法医学の相談を受けるのが困難である理由です。

某有名な法医学者の先生も、著書には「弁護士を通した相談しか受けない」と書かれていましたが、その理由は↑に似たような理由だと思います。

しかし、ここまで読んできて、「じゃあ、どうすればいいんだよ」と思うご遺族さんも少なくないと思います。

この質問に対する回答は「今現在も難しい」というのが正直なところであり、

自分達が関わった事例以外でも相談を受け付けている法医学教室は、実際に殆どないのが現状かと思います。

弁護士の先生に相談し、そこで法医学に詳しい先生をご紹介してもらう」というのが現実的なところでしょうか。

私自身お力になれず、大変申し訳ないですが、文末に「相談前に用意しておくべき情報」を参考までに記載しておきたいと思います。

写真のみでは法医学的な正確な判断は困難です。どれほど鮮明であろうと、写真は一部の情報しか伝えません。

的確な評価をするためには、写真の背景や医学的な文脈など、写真以外のさまざまな補足情報が不可欠なのは先に書いた通りです。

補足情報が欠けている場合、どうしても評価の正確性や信頼性などが著しく低下してしまいます。

ですので、それを防ぐためにも、下記の項目を鑑定依頼の際の参考にしてもらえれば幸いです。

相談前に用意しておくべき情報

写真(動画)に関する情報

  • 撮影日時:<いつ撮られた写真か? 死後の場合、死亡からどの程度経過しているか?>
  • 撮影場所:<屋内・屋外、照明条件などはどうか?>
  • 撮影者:<誰が撮影したか?>
  • 撮影機器:<何で撮影したか?撮影モードは?>
  • 撮影の目的:<何のためにどのような状況で撮られた写真か?>

ご遺体の情報

  • 生体情報:<性別、年齢、身長、体重など>
  • 生前の既往歴・内服歴・手術歴・:<発症時期、最終内服・量、手術日など>
  • 死亡日時、発見日時:<誰が?どのような経緯で?撮影したか、目撃者の発言など>
  • 死亡時の状況:<発見場所、発見時の体位、(屋外なら)気温・天気、着衣の有無など)
  • 死亡後の医師の判断:<蘇生処置の有無やその治療・検査内容、死因の可能性など(医師の氏名・診療科、役職なども含む)
  • 警察の判断:<事件性の有無、推定される状況など(警察官の身分・氏名なども含む)>

損傷の情報

  • 写真以外の損傷:<写真部位以外の損傷の有無(写真に現れない痛みなども含む)>
  • 傷の成因:<いつどうやって出来たか?(転倒、自傷、他害、事故など)>
  • 損傷の自覚症状の有無:<出血、腫脹、痛みの訴えなど>
  • 損傷の経過:<写真撮影前後の、損傷の色調変化や痛みなどの変化>

その他、添付すべき資料

  • 死体検案書/死亡診断書
  • 創傷や疾病の診断書(生前に受診があれば)
  • 救急搬送記録・診療カルテ・看護記録
  • 解剖所見・報告書
  • 警察資料
  • その他、死亡に少しでも関連する一切の書類
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