施設での「誤嚥・窒息死疑い」:死亡診断書? 死体検案書? 警察への届出は?

仮想世界

本記事は主に臨床医の先生向けの記事です。

「介護施設等の利用者が誤嚥による窒息で亡くなった可能性がある…どうしたらよいか?」

今回はこれをテーマに考えてみたいと思います。

「これまでずっと病院で加療を続けていた担当患者が亡くなった」

このようなケースで、死後の手続きに迷うことは少ないでしょう。

その加療を続けていた病気で亡くなったと判断できるのなら、もちろん、

  • 死因欄にその病名を記載した【死亡診断書】を発行
  • 警察への異状死体の届出は不要

これで問題ないと思います。

それでは、あなたが療養病院や老人ホーム等の診療医で、看護職員から、

「○○さんがお部屋で嘔吐しており意識がありません」

その後、ROSCせず死亡確認となったケースでは、どう対応するのがよいのでしょうか?

もっと言うと、、、

  • こういった場合、死亡診断書と死体検案書のどちらを発行すべきなのか?
  • 警察へ異状死体の届け出をすべきなのか?

この2点が実際問題になってくるところかと思います。

これについて、今回はいくつかの架空事例を基に深く解説していきます。

※ただし、下記解説や判断根拠などは、あくまでも私一個人の考え方に過ぎず、絶対的な事項を摘示するものではないことを十分ご理解ください。

架空事例

ケース1:夕食後に発見されたAさん(90歳・女性)

あなたは、ある療養病院で勤務医として働いていました。
ある日の引き継ぎで、お看取りが近いと思われる入所者の方がいると報告を受けました。

19時頃、看護師からコールがありました。

「Aさんがお部屋のベッドでぐったりしているのを看護助手が発見しました。呼吸が止まっているようです。DNARの方針の方です。」

あなたは急いでAさんの居室へ向かいました。

<Aさんの背景>
年齢・性別: 90歳 女性
基礎疾患: 重度のアルツハイマー型認知症、脳梗塞後遺症(重度の嚥下障害あり)
ADL: ほぼ寝たきり、全介助。食事はペースト食を介助で摂取。
最近の様子: ここ数ヶ月、誤嚥性肺炎での治療を繰り返しており、食事摂取量も徐々に低下。老衰も顕著。
重要な方針: ご家族との話し合いの上、DNAR(蘇生措置不要)の方針となっていることがカルテに明記されている。院内でも平穏な看取りの段階にあると認識されていた。

あなたが居室に到着すると、Aさんはベッド上で仰向けになっていました。 すでに呼吸は停止し、脈も触知できません。

発見時の状況(看護師・看護助手からの報告):
18時から居室のベッド上で、看護助手が介助して夕食(ペースト食)を摂取。
摂取中、何度か強いむせ込み(咳嗽)が見られたが、水分(とろみ付き)を摂取して落ち着いたように見えたため、介助を終了。
18時40分頃、食後の服薬介助のために看護師が訪室した際には、Aさんは目を開けており、特に異常はなかった。
19時頃、看護助手が巡視で訪れた際、Aさんの顔色が悪く、呼吸が停止しているのを発見。

死亡確認:
あなたはDNARの方針を再度確認した上で、胸骨圧迫、気管挿管、薬剤投与などの蘇生措置は行いませんでした。
口腔内をライトで照らして観察すると、咽頭の奥に見える範囲でペースト状の食残が少量認められた。
聴診、対光反射の確認を行い、19時20分、死亡確認を行いました。

ご家族に連絡した後、あなたはボールペンを手に取ります。

Q1. 死亡診断書を書きますか?死体検案書を書きますか?
Q2. 所轄警察署に異状死体の届け出をしますか?

こういったケースを考える上で最重要なのが『「死因は何と判断するか?』です。

死因を「単なる誤嚥窒息死」と判断するのか?

「脳梗塞後遺症の嚥下障害に基づく誤嚥」と判断するのか?

はたまた「老衰」と判断するのか?

もしくはそれ以外か?

その判断の違いによって、その後の対応も大きく変わります。

上記、事例①は、比較的判断しやすいケースかと思います。

状況まとめ
・AさんはDNARの方針で、重い嚥下障害があり、老衰も進んでいたいわゆる『看取り』の段階であった
・状況としては、食事中のむせ込みがあり、その約30分〜1時間後に心肺停止で発見されている
・口腔内を観察すると、可視範囲で咽頭にペースト状の食残が少量認められた

おそらくこのパターンでは、多くの医師が「脳梗塞後遺症あるいは老衰といった病死(あるいは自然死)」と判断することでしょう。

これまでの現病歴や死に至る経過としても、その判断に大きな矛盾はないように思えます。

従って、「診療管理下にある患者が、生前に診療していた傷病に関連して死亡したと認める場合」かつ、

①カルテ等でこれまでの診療情報を正確に判断でき、
②死後診察を行った上で、
③これまで診療されてきた傷病で亡くなったと判断できる

以上を満たすので、A1;【死亡診断書】を発行してよいでしょう。

特段「異状」と思える所見等がなければ、A2:【警察への届け出は不要】と考えられます。

上記↑は比較的異論が少ないケースと言えるでしょう。

続いて、判断が分かれ始める可能性のある事例②を見ていきましょう。

ケース2:食堂で急変したBさん(75歳・男性)

あなたは老人ホームの嘱託医です。
ある日のお昼休憩中、あなたは食堂から看護師の緊迫した声で呼び出されました。

「先生、早く! Bさんが食堂で倒れました!」

あなたが食堂に駆けつけると、Bさんがテーブルに突っ伏すようにしてぐったりしています。

<Bさんの背景>
年齢・性別: 75歳 男性
基礎疾患: 軽度の高血圧症のみ。
自立度: ADLはほぼ自立。杖歩行で施設内を移動し、食事も自身で食堂に来て常食(普通食)を食べていた。
最近の様子: 2日前の訪問診療時は「いつもと変わらんよ」と話しており、定期の血液検査でも明らかな異常値はなかった。特に嚥下障害を疑うエピソード(むせ込み、肺炎など)はこれまでなかった。

看護師がBさんを床に仰向けにし、あなたはすぐに状態を確認しました。

発見時の状況(周囲の入所者・職員からの報告):
食堂で他の入所者と談笑しながら昼食(本日のメニューは天ぷらうどん)を食べていた。
食事の途中、急に「うっ」と声を出し、首元のあたりを押さえるような仕草をしたかと思うと、そのままテーブルに突っ伏してしまった。
職員がすぐに駆け寄ったが、呼びかけに反応はしなかった。

蘇生と経過:
食堂に到着し、Bさんを確認するも、すでに心肺停止状態。
救急隊を要請し、あなたは直ちに胸骨圧迫を開始した。
胸骨圧迫の最中に、口からやや大きな天ぷらの塊が出てきた。
モニタ心電図をすぐに装着しましたが、波形はすでに心静止であった。
救急隊が到着、心電図波形を再確認するも変わらず心静止。
その間、家族にも連絡し、協議の上、救急搬送は中止となり、12時50分、あなたは死亡確認を行いました。

ご家族への連絡を終え、あなたはペンを手に取ります。

Q1. 死亡診断書を書きますか?死体検案書を書きますか?
Q2. 所轄警察署に異状死体の届け出をしますか?

さて、このケースではどう判断しますか?

最初に比べると、ざわつきを覚える先生も多いのではないでしょうか。

状況まとめ
・食事中に首元を押さえ急変している
・蘇生処置中に、口から大きな天ぷらの塊が出てきた
・これまでの経過では急変するリスクは少なそう

これらを考えると、今回は「天ぷらを誤嚥したことによる窒息死」と判断するのが妥当な気がしますよね。少なくとも、これを「病死」と判断するのは難しそうです。

窒息は突発的なものであり、「診療継続中」とは言いがたいので、今回はA1:【死体検案書】を作成します。

ここまではあまり異論はないでしょう。

では、警察への届け出は…?

ここは(臨床医としては)対応が分かれるところだと思います。

しかし、ここでの死因を「天ぷらを誤嚥したことによる窒息死」と判断しているのなら、警察に届け出るべきだと私は考えます。

理由は、法医学会が主張する「確実に診断された内因性疾患で死亡したことが明らかである死体以外の全ての死体」に該当するからです。

しかし、究極的には“臨床医として”考えた場合は、、、最終的に【各先生方の判断次第】にはなります。

この事例を「異状」と判断する → 警察に届け出る
この事例を「異状」とは判断しない → 警察には届け出ない

分かれ道は結局『医師が異状と判断するかどうか?』に尽きます。

個人的には、「それまで死にそうになかった元気な人が、食べ物を喉に詰めて亡くなった」となれば、やはり常識的に「異状あり=普通じゃない」とは思ってしまいます。

なので私は、この事例は警察に届け出るべきだと思います。

もちろん、「現場にいる医師が最終判断を下す」という原則は変わりません。

しかし、その判断は医師の任意なものではなく、客観的な事実(=蘇生中に天ぷらが出てきた)に基づくべきだと思います。

この事例で「異状ではない」と判断することは、客観的な事実(外因)を無視することになりかねず、法医学的にはやはり推奨はできません。

そして、「異状あり」と判断したのなら、その場合は必ず警察に届けなければなりません。

【異状と判断した=警察への届出義務あり】

これは医師法上、絶対です。

「異状と判断したが、警察には届け出ない」はあり得ない状況なのです。

「DNARだから」とか「家族が警察沙汰を嫌がっているから」とか、「施設で大ごとにしたくないから」などの理由は全く考慮する余地はありません。

異状と判断する以上は、警察へ届け出なければならないのです。

従って、今回のケースでは「天ぷらを誤嚥したことによる窒息死」と判断する以上は、A1:死体検案書の作成になるし、A2:その前に警察に届け出るべきと言えます。

一旦この議論はここまでとし、最も判断に悩むであろう最後の事例を検討します。

ケース3:夜間の巡回で発見されたCさん(80歳・男性)

あなたは、介護老人保健施設(老健)の嘱託医であり、Cさんの診療も担当しています。 ある夜の21時過ぎ、施設看護師からオンコール(緊急電話)がありました。

「先生、Cさんがお部屋で亡くなっているようです…!」

あなたは急いで施設へ向かいます。

<Cさんの背景>
年齢・性別: 80歳 男性
基礎疾患: 高血圧症、脂質異常症で内服コントロール中。数年前に軽い狭心症の診断あり(カテーテル治療はしておらず内服のみ)。
自立度: ADLはほぼ自立。杖歩行で施設内を移動し、食事もご自身で食堂に来て常食(普通食)を食べていた。
最近の様子: 半年前の検診結果も大きな問題はなく、心電図検査でも明らかな虚血性変化はなかった。特に嚥下障害を疑うエピソードもこれまでなかった。

あなたが施設に到着し、Cさんの居室に入ると、Cさんはベッド上で仰向けになっていました。

発見時の状況(看護師からの報告):
18時に食堂で夕食(常食)を完食。特に変わった様子はなかった。
18時30分に自室で就寝前の服薬。その際も特に異常は訴えていなかった。
21時の定時巡回で、看護師がCさんの呼吸が停止しているのを発見した。

発見時の所見:
すでに呼吸・脈は停止。口元と枕元に、少量の嘔吐物(粥状)が付着しているが、嘔吐か胸骨圧迫の影響かの判断はつかない。
Cさんを最初に発見した看護師は「(すでに嘔吐があったかは)はっきりとは覚えていない。無かったような気がします」とのこと。

蘇生と経過:
発見後CPRが開始されたが、あなたが到着した21時30分には、Cさんの体はすでに冷たくなっており、下顎に軽度の死後硬直も認められたため、蘇生適応なしと判断した。
救急搬送は行わず、21時35分、死亡確認を行った。

ご家族への連絡・説明を終え、あなたはペンを手に取ります。

Q1. 死亡診断書を書きますか?死体検案書を書きますか?
Q2. 所轄警察署に異状死体の届け出をしますか?

このケースは境界事例を想定しています。

状況まとめ
・食後から数時間程度経過している
・訪室時に口元と枕元に嘔吐物らしきものはあったが、嘔吐によるものか、胸骨圧迫によるものかなどは判然としない
・既往に狭心症があるが、ここ最近の経過に異常は無かった

正直、この事例は非常に悩ましい事例かと思います。しかし、実際に多いのはこのような事例でしょう。

お作法的には、まず死因を判断しなければなりません、、、が、その死因が(この情報だけでは)なかなか判断できません。

なので、厳密には答えようがないのです。

とは言え、一応考え方としては…

A1:
既往症(冠疾患など)で亡くなったと考える → 死亡診断書
既往症以外で亡くなったと考える → 死体検案書

A2:
今回の死を「異状あり」と判断する → 警察へ届け出る
今回の死を「異状あり」とは判断しない → 警察へ届け出ない

これはこれまで通りです。

重要なポイントは「死因不明」をどう捉えるか?です。

Q1に関して、死因不明と考える場合は、原則「死体検案書」です。これは前述の通りです。

その上で、Q2「死因不明は異状かどうか?」です。

これを皆さんはどう思いますか?

“異状”を文字通り「普段の状態と違った様子」と捉えるなら、個人的には「死因不明は、普通の状態ではない」と思うので、やはり「死因不明=異状あり」と思った方が良い気がしています。

もちろん、「不明ではあるが、異状とは思わない」みたいなケースもあるでしょうし、そう考える先生にとってはオーバートリアージ感は否めないのかも知れませんが…。

しかし、この異状死体の届出義務の立法趣旨的なことを考えると、やはりアンダートリアージよりは、オーバートリアージの方が適しているのか?と思ったりするのです。

何にせよ、やはり「死因が不詳」という時点で、「死因を明らかにする」という意味でも、一旦警察に届け出ることで、更なる死因究明の段階へ進むべきかな、と私は思います。

しかし、「死因究明のために」と思って警察に届け出ても、「事件性はなかったので」と、法医学教室には回さず、「先生の方で死亡診断書(あるいは死体検案書)を書いてください」と言われてしまう可能性もあり、それもまたややこしい問題だったりする…

まとめ:医師の判断が担う法医学的な役割

以上、今回は架空の3事例を挙げて考えてみましたが、如何だったでしょうか。

実際は、2つ目の事例のように、明らかな外因死と判断すべき事例であっても、何らかの病名をつけて死亡診断書を書いてしまっているケースも世の中には存在するんじゃないかな?と思ったりします。

それは如何なものか…と個人的には思うのですが、このあたりも含めて、結局は死亡確認を行った医師次第ですし、それで何か問題があった時はその先生の責任です。

それくらい死亡診断・死体検案は注意して行わなければなりませんし、本来は責任の重い職務です。

この判断は、単なる確認作業ではなく、社会のセーフティネットとしての役割、そして故人の尊厳を守るという法医学の入り口を担う、非常に重要な医療行為です。

色々悩ましいこともあると思いますが、是非冷静に丁寧に対応してほしいです。

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