『検視官の現場 遺体が語る多死社会・日本のリアル』レビュー

雑記

2025年12月8日発売 1100円 [1000円+税] 中央公論新社 (出版社URL)

『検視官の現場 遺体が語る多死社会・日本のリアル』新書判 全248頁 (著者:山形真紀)

年間160万人が亡くなる「多死社会」日本。多くの人はどのように死を迎え、その過程で何が起こっているのか――。現役の検視官として3年間で約1600体の遺体と対面した著者が、風呂溺死から孤独死までさまざまな実例を紹介し、現代社会が抱える課題を照らし出す。死はすぐ隣にあり、誰もが「腐敗遺体」になる可能性がある……この現実をどう受け止めるべきか。そのヒントがここにある。

第1章 多死社会と検視官
1 日本の死の現状/2 検視のしくみ/3 検視官への道

第2章 ドキュメント検視官24時
1 検視官の勤務/2 ある日の現場/3 変死事案が止まらない夜/4 死はすぐそばにある

第3章 意外な死因、さまざまな現場
1 入浴のリスク/2 致命傷になりうる頭の怪我/3 火災の検視は現場第一/4 川を流れてくる遺体/5 自殺者の想いと最後に見た風景/6 ゴミ屋敷とセルフネグレクト

第4章 死後の自分はどう扱われるか
1 街なかに数多く眠る腐敗遺体/2 遺体の早期発見のために/3 人生のエンディングの準備/4 デジタル遺品という悩み/5 引き取り手のない遺体の行方

第5章 大規模災害、そのとき多数遺体は――
1 大規模災害が起きたら/2 日本の多数遺体対応の歴史/3 死因究明制度の問題点

元検視官、現大学研究員でおられる山形真紀氏による著書です。

自身の経験を基に書かれた新書で、いわゆる“上野本”みたいな感じですね。
(※上野本:上野正彦先生を筆頭とする、法医学者が自身の経験を基に書いた本 by 私)

ただこの本の特徴は、そういった法医学者ではなく(鑑識でもなく)、「“検視官”という立場から書かれた」であるという点です。

よく「法医学者は探偵のみたいな〜」という誤解がありますが、むしろそういう“探偵”的なイメージは、案外検視官にこそ合う気が私はするんですよねー。

検視官になる条件は基本的に、

  • 刑事での実務経験が10年以上
  • 警察大学校で法医学を学んだ
  • 階級が警部以上

ということですが、この著者は実務経験がほとんどないままいきなり検視官になった経歴を持ちます。

第2章・第3章を中心にいろいろな亡くなり方をした事例がメインで紹介されているのですが、、、その中でも個人的に随所から感じ取ったのが、「検視官の多忙な勤務実態」です。苦笑

検視官の勤務体系は24時間毎の当番勤務で、筆者の前任地は埼玉県だそうですが、各検視官で県全体をカバーするわけですね。

遺体が発見されたら、相勤者という部下・相棒などと共に事案の調査を進め、『「変死体(もしくは犯罪死体)か?その他の死体(≒非犯罪死体)か?」という判断をした上で、方向性を決定するまで』を1回の当番勤務の中で行うようです。

1当番勤務中に、そんな死体の取り扱いが平均6件ほどあるとのこと…。

そして、少なくとも1件3時間程度かかるとのことであり、、、その多忙さが文章から滲み出ていましたよ。(※もちろん、本のメインはそこじゃありません。笑)

全体を俯瞰して簡単に説明しますと、、、

第1章:検視官や検視制度の説明
第2・3章:経験事例の紹介  
第4・5章:昨今の死について

といったところでしょうか。

第1章はシステムの説明なので、警察独特の専門用語やルールへの言及も多く、やや冗長な印象を受けました。

第2・3章の事例集については、法医学者の私からすると、医学的な記載はどうしても法医学者が書いた本の方が詳細でツッコミどころは少ない気はしてしまいます。

(例えば、『環境捜査から死因は病死である』みたいな記載がサラッとありますが、紙面の都合はあれど、そこはやはり「警察の論理だなぇぁ」と思ったりした(法医学者は絶対にそう考えない))

ただ一般の方からすれば、そんな細かな医学的検討並びに描写は読みにくいだけですよね。

第4・5章も含めて、“検視官”という視点から、解剖前の環境捜査や解剖後の遺体の引き渡しに関してなど、

むしろそんな一般にとって身近な状況に関する記載がリアルに描かれており、とても興味深く身近に感じながら読み進めることができます。

後半では、「遺体発見の遅れ(←腐敗が進んで死因究明が困難になる)」や「“その他の死体”の低い解剖率(この中に犯罪見逃しがあるかも)」などを今後への危惧として挙げ解説しています。

災害関連の項目も、歴史からかなり詳しく書かれています。

私がこの本を読了して改めて感じたのが、「検視官の業務の広さ」でした。

法医学者がカバーする範囲は、主に法医解剖を通した「医学的な死の評価」であり、これはこれでいろいろな分野に関係する重要なテーマではあるのですが、

ひとたび“犯罪捜査”や“公衆衛生”というもっと広い視点から見ると、それって実は極々限られた範囲でしかないんですよね。。

警察官・検視官は、ご遺体だけなく、遺族や周りの人とも接して、その人たちの環境や背景、そしてその後の遺体の引き渡しから、各所との連携まで…法医学者よりも遙かに広い舞台で活躍しているとも言えます。

だからこそ、忙しいし、大変だし、苦労も耐えないのだろうな、と。(とある法医学者はブログで医学的ないちゃもんを付けてくるし

この本は、日頃「解剖が多くて大変」なんて弱音を吐いている自分に対して、自戒の念を沸き立たせるものでありましたね…。

ということで、この本は一般の方でもとても読みやすい本になっています。

医学的なことをネチネチ書いている法医学者の本とは違い、内容も身近な事柄が中心になっており、新書なので文量もそこまで多くないです。

検視官や検視業務について興味のある人も、そうでない人も、是非一度手に取って読んでみてください!

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