日本一解剖が多い法医学教室

解剖

先日、以下のXポストに興味を持った人がたくさんいました。

「日本で最も解剖数が多い大学」として紹介されている東京慈恵会医科大学。

教授の謙虚な姿勢も素晴らしいですが、法医学に興味のある方なら「実際のところ、どれくらい解剖しているの?」と気になった方も多いはずです。

そこで今回は、この「日本一解剖数の多い法医学教室」の実態について調べてみました。

現時点で日本一解剖数が多いのは「東京慈恵会医科大学」

大学の公式HPで公開されているように、現時点(=2025年度時点)で日本で最も法医解剖を多く行っている大学は【東京慈恵会医科大学】で間違いありません。

その数は年によって変動はあるものの、年間約800〜1000件規模

これは国内の法医学教室としては圧倒的な数字です。

実際に、同大学が公開している『東京慈恵会医科大学雑誌』の記述を見てみますと、解剖実績が記されています。

当講座における法医解剖数は2017年度に1055体と過去最多を更新した後、翌2018年度は825体といったん減少し、それ以降は漸増傾向を示していましたが、2022年度には1018件と5年ぶりに1000件を超えました。本年度も現時点ではそれをさらに超えるペースで解剖数が増加しています。

『令和4年度法医解剖概要』より引用

このように、一時期の増減はあるものの、再び1000件の大台を突破し、現在もなお増加傾向にあるようです。

この数字がいかに飛び抜けているかは、下記の「令和6年 都道府県別データ」を見れば一目瞭然です。

一県一医大の地域を見ても、年間の解剖数が100件を切る大学も珍しくありません。

多くの大学が年間百件〜せいぜい数百件という中で、単独で約1000件。

この数字がいかに飛び抜けているか、お分かりいただけると思います。

大学で行われる「3つの解剖」と「行政解剖」

この数字を見ていく前に、「解剖の種類」について少し整理します。

大きく分けて、法医解剖には以下の4種類があります。

  1. 司法解剖
  2. 調査法解剖(新法解剖)
  3. 承諾解剖
  4. 行政解剖

一般の方がニュースなどでよく耳にするのはやはり「司法解剖」でしょう。

これは事件性がある、もしくは疑われる場合に行われるものです。

一方、明らかに事件性がない場合でも、死因究明のために警察署長の権限で行われるのが「調査法解剖(新法解剖)」です。

そして、このどちらでもないのが「承諾解剖」です。

承諾解剖も主に事件性のないご遺体に対して行われますが、調査法解剖との大きな違いは「遺族の同意が必要」という点。

また調査法解剖の費用は公費(警察など)負担ですが、承諾解剖は原則として遺族負担となるのが特徴です。(※実際の負担額は大学によって違う)

なお、4つ目の「行政解剖」は、これも事件性のないご遺体に対して行われますが、監察医制度がある一部地域(東京23区など)でのみ行われるもので、大学の法医学教室では行われません。

つまり、大学の法医学教室で行われるのは、主に「司法・調査法・承諾」の3つということになります。

東京慈恵医科大学の解剖内訳:圧倒的な「承諾解剖」

では、年間約1,000件という慈恵医大の解剖数は、どのような内訳になっているのでしょうか。

先ほどの『東京慈恵会医科大学雑誌』のデータ(令和3年度)を見てみましょう。

総解剖件数: 900件

  • 司法解剖: 38件
  • 調査法解剖(新法解剖): 230件
  • 承諾解剖: 632件
『令和3年度法医解剖概要』より抜粋・抽出

一目瞭然ですが、「承諾解剖」が全体の7割以上を占めています。

一方で、事件に関わる「司法解剖」は年間38件と、解剖総数の割にはかなり少なめです。

全国の「承諾解剖」の半分は慈恵医大

この「承諾解剖 632件」という数字の大きさは、全国データと比較すると浮き彫りになります。

先ほど提示した死因究明白書のデータ(令和6年)を改めて見てみます。

承諾解剖は統計上「その他の解剖」に含まれますが、全国で行われた総解剖数1122件に対して、なんと東京都だけで960件(約85.6%)を占めています。

年度の違いはありますが、慈恵医大の数値(632件)と照らし合わせると、、、

「全国の法医学教室で行われる承諾解剖のうち、半分以上が東京慈恵会医科大学1校で行われている」

と言っても過言ではありません。

なぜ東京で「承諾解剖」が多いのか?

ここで一つの疑問が浮かびます。

東京都には「監察医制度」があり、事件性のないご遺体は監察医務院で「行政解剖」されるはずです。また、警察判断の「調査法解剖」もあります。

それなのになぜ、あえて遺族の同意が必要な(そして費用ハードルもある)「承諾解剖」がこれほど多いのでしょうか?

明確な理由は公表されていませんが、最も有力な理由として「監察医制度の適用エリア」の問題が考えられます。

実は東京都の監察医制度は都内全域ではなく、あくまで「東京23区内のみ」が対象です。法律上、23区外(多摩地区など)では監察医による行政解剖が行えません。

実際に慈恵医大の法医学教室のHPにも↓のような記載があります。

当講座では東京都や警察・検察からの依頼により多摩地区における法医解剖を主たる業務として行っています。

東京慈恵会医科大学 法医学講座HPより引用

つまり、監察医制度の空白地帯である「多摩地区」の多くの解剖を慈恵医大が引き受けているが、制度上、「行政解剖」という名称が使えないため、「承諾解剖」という枠組みを使って実質的な行政解剖を行っている可能性が高いです。

もう一つの推測として「費用の出所」や「制度の隙間」といった問題もあります。

行政解剖は東京都が、調査法解剖は警察が費用を持ちます。

予算には限りがあるため、その枠組みから外れてしまったものの、医学的・社会的に解剖が必要なケースを、慈恵医大が「承諾解剖」という形で引き受けている…そんな背景がひょっとしたらあるのかもしれません。

とはいえ、東京都は財政規模も大きいため、前者の「多摩地区の行政解剖的な役割を担っている」という側面が、承諾解剖の多さを説明する一番の理由と言えそうです。

まとめ

今回の調査でわかったことは以下の通りです。

  • 日本一解剖数が多いのは東京慈恵会医科大学(年間約1000件規模)。
  • その内訳は、事件性の高い司法解剖ではなく、「承諾解剖」が圧倒的に多い
  • 全国の承諾解剖の半数以上を、慈恵医大が担っている。

単に「解剖数が多い」と言っても、その中身を見てみると、実は大学毎に全く異なります。

同じ都道府県であっても内訳が全然違っていたりするので、その大学の役割や事情が見えてくるのも大変興味深いですね。

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