【認認介護】
そんな言葉を皆さんはご存じですか?
“認”とは、認知症ないし認知機能低下を指し、
認認介護とは「認知症の人の介護を、認知症の人が行っている」という状態です。
近年、法医学の現場でも、認認介護の環境にあったご遺体の解剖が増えていると私は肌で感じています。
今回は、そんな認認介護の実態と、それが法医学の現場に突きつけている深刻な問題について考えてみたいと思います。
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認認介護の実態
認認介護は、日本でどれくらいあるのでしょうか?
まずそもそも、介護が必要となる原因の中で最も多いのが【認知症】であるという実態があります。

2022年の統計によると、要介護認定を受けた人のうち、認知症であった人は全体の【16.6%】と、認知症が原因疾患のトップを占めています。つまり、要介護者の約6人に1人が認知症を原因としているわけです。
では、その認知症の方を介護している「介護者」もまた認知症である頻度はどのくらいなのでしょうか?
2010年に。山口県内の介護事業所(507ヶ所)を対象に行われた統計によりますと(※全国自治団体労働組合サイトより)、
介護保険利用者の中で認認介護だった割合は、、、
・在宅介護をしている人の2.5%
・老老介護をしている人の10.4%
であったと報告されています。
これは十数年前のデータですから、高齢化が更に進んだ現在は、その数がもっと増加していることは確実です。
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認認介護の法医学的問題とは?
「でも、誰にも看取られずに亡くなる“孤独死”の方が問題なんじゃないの?」
そう思う人もいるかもしれません。
しかし、法医学的(=解剖の必要性や死因究明の難しさ)な観点から言うと、孤独死よりも認認介護の環境で一方が亡くなるケースの方が、非常に厄介な問題を抱えているのです。
ここで、典型的な事例を一つ挙げてみます。
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【事例:80代の夫婦二人暮らし】
・夫(85歳):軽度〜中等度の認知症。身の回りのことはなんとかできるため、メインで家事や妻の介護を担っていた。(=介護実施者)
・妻(83歳):重度の認知症。夫のサポートなしでは生活が成り立たない状態。(=被介護者)
ある日、定期訪問のケアマネージャーが自宅を訪れたところ、居間で夫が倒れてすでに亡くなっているのを発見した。
すぐそばのソファには妻が座っており、ケアマネージャーが慌てて状況を尋ねたが、「お父さんはさっきからずっと寝ているのよ」「ご飯はまだかしら」と繰り返すばかり。
夫がいつ倒れたのか、倒れる前に胸を押さえて苦しそうにしていたかなど、亡くなる直前の経緯を尋ねても、要領を得た返答は全く得らなかった。
ケアマネージャーの通報により、救急隊、そして警察が到着した。
現場を調べたところ、夫の身体に明らかな外傷(刺し傷や殴られた痕など)はないものの、周囲にはなぜか椅子が不自然に倒れており、テーブルの上の食器が床に散乱していた。
警察が改めて妻に状況を聞きますが、発言は二転三転し、やはり要領を得なかった。
「これはちょっと…」
警察は法医解剖の可能性も念頭に動き出したのであった、、、
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この事例を元に、認認介護が法医学的に問題となる2つの理由を解説します。
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認認介護が法医学的に問題となる理由
故人の生前情報がわからない
このケースでは、同居している妻の発言が二転三転するため、夫が亡くなる直前の様子は全くわかりません。
かかりつけ医がいても、「血圧の薬は出していたが、日々の生活状況までは把握していない」というパターンがほとんどです。
ただ、これだけなら「孤独死」と状況は大きく変わりません。
孤独死でも生前の情報がわからないケースは多く、実際、それが理由で法医解剖に回ってくるケースも増えている気がします。
認認介護が孤独死と決定的に違うのは、次の点です。
現場保存の崩壊
孤独死の場合、誰も手を出さないため「亡くなった時点の現場がそのまま保存」されています。
しかし、認認介護の場合、生き残った被介護者(妻)は、介護者(夫)の死を正しく認識できていないことが多々あります。
「ずっと寝ていて起きてこない」
そういって、善意でご遺体に布団を掛けたり、無理に食事をさせようとして周りを汚してしまったりします。
こうなると、法医学的には死因や死後経過時間の推定などが難しくなります。現場の状況が改変されてしまうのです。
さらには、「同居人はいるが、事情が分からない」となると、可能性としては殆どあり得ないものの、妻による死体遺棄や、最悪の場合、殺人や事故(突き飛ばしたなどのトラブルなど)の可能性をも念頭に置く必要が出てくるかもしれません。
この点は、「亡くなると現場がそのまま保存される」ような孤独死とは大きく違うのです。
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まとめ:現場の不安と社会の課題
「他者の介在が否定できない」という理由で、孤独死以上に、認認介護のケースでは法医解剖に回されるケースが今後ますます増えていくと私は予想しています。
ただでさえ法医解剖の件数が多く、現場がパンクしそうな現状において、これ以上の解剖対象の増加は、、、正直かなり厳しいです。
実際こうしたケースを解剖しても、結局はやはり「事件性はなかった(死因は病死など)」という結論に落ち着くことがほとんどです。
このこと自体はご遺族にとっても良いことですが、限られた法医学のリソースが、こうした事案に大きく割かれてしまうことは、社会全体にとっても大きな損失である言えないでしょうか。
認認介護の増加は、単なる福祉の問題にとどまらず、死因究明制度の根幹を揺るがす深刻な事態を引き起こし得ると私は受け止めています。
皆さんはこの現状について、どう思いますか?

