『おろそかにされた死因究明』レビュー

2023年11月30日発売 [1800円+税] 同時代社サイト

『おろそかにされた死因究明 検証:特養ホーム「あずみの里」業務上過失致死事件』四六判 全260頁 (著者: 出河雅彦)

介護現場を震撼させた重大事件!
無実の看護職員がなぜ、起訴されたのか!?
そこには死因究明をないがしろにする日本の刑事司法があった。
渾身のルポルタージュ!

「あずみの里」業務上過失致死事件とは
2013年12月に長野県にある特別養護老人ホーム「あずみの里」において、
入所者の女性が、おやつの時間中に突然意識を失い、回復しないまま一カ月後に死亡。

検察は死因がおやつに提供されたドーナツによる窒息だとして、おやつを
配膳した准看護師を業務上過失致死罪で起訴した。そして、一審の地裁は、
「おやつの形態変更確認の義務違反」で有罪として、罰金20万円を言い渡した。
しかし、東京高裁は判決(2020年7月)で、「(被告は)自ら被害者に提供すべき
間食の形態を確認した上で、これに応じた形態の間食を配膳し、ドーナツによる
被害者の窒息事故を未然に防止する注意義務があったということはできない」とし、
「過失の成立を認めた一審判決の結論は是認することは出来ない」
と逆転無罪を言い渡した。

同時代社 – https://www.doujidaisya.co.jp/book/b10040201.html

1章 おやつ提供で起訴された職員
2章 独自検証に基づく無罪主張
3章 医学的見解の対立
4章 医療と介護における食事提供の意味
5章 再度の訴因変更
6章 検察の追加主張認めた一審判決
7章 却下された意見書
8章 死因認定避けた逆転無罪判決
9章 検証と情報開示への抵抗
10章 医学的観点から見た事件の問題点と教訓

同時代社 – https://www.doujidaisya.co.jp/book/b10040201.html

2020年7月の東京高裁の控訴審で結審した事案を元にした本です。

特別養護老人ホームで働いていた准看護師が業務上過失致死罪に問われ、

第一審では【罰金20万円】その後の控訴審で【無罪】が確定しました。

第1〜8章までが主に、事案や判決の詳細が解説されています。

それを受けて、第9-10章ではこの判決や現行の死因究明制度の問題点を指摘しています。

ということなので、割と紙面の多くが“事案の詳細”に割かれています。

なので、「死因究明制度への問題提起」というよりは「“あずみの里”業務上過失致死事件」がメインといった内容です。(この点を私は勘違いしてしまっていた…)

私自身も当時、この裁判の行方は気になり注目していましたし、判決後は実際に判決データベースも確認しましたが、しっかり書かれています。

そういう意味では、この本を読めば、あずみの里で起きたことをしっかり理解できると思います。

法医学では多くの事故・事件などが絡んだご遺体の解剖を行います。

法医解剖自体はどんな事例であっても、やることは変わらないのですが、

その中でも“医療関連死”というのは、込み入った事案であることが実際にも多いです。。

皆さんも想像すればわかると思います。

例えば、ナイフで刺されたご遺体の場合は、状況だけ想像しても、犯罪が関係していることを疑えますよね。(少なくとも、これを聞いて事件性を否定することはないでしょう)

これが“医療関連死”だった場合はどうでしょう…。

医療関係の人でなかければ少し理解しづらいところはあるかも知れませんが、

その「医療が関連した死」に犯罪が関係しているか?どうか?(もっと言うと、医療過誤/業務上の過失かどうか?)というのは、往々にして、判断するのがかなり難しいんです…。

その医療行為の妥当性や過失、当該医療行為の潜在的な危険性、患者さんの状態、死が起きた環境…そういった状況を全て考えた上で、やっと犯罪(多くが業務上過失致死)かどうか?を判断できる可能性が出てくるんですよね。

警察は原則として、事件性が疑われて初めて法医解剖を実施できます。(※近年は死因・身元調査法による解剖もありますが)

いろいろ調べても、事件性の判断は極めて難しいのに、死亡直後の警察の初動の調査であっさりと事件性が判断できるでしょうか?

…当然、難しいです。

しかも、医療関連死に対する警察の介入に対しては、医療界からの批判が根強いです。

まして、今回のように最終的に無罪となったら、批判はより一層強いものとなります。

事件性を疑うには、前述の状況をしっかりと調べた上でないと困難なのに、

調べようとすれば医療界から批判が飛んできて、

結果「事件性なし」と判断しようもんなら、次は「事件性なんて無かったのに、なんで介入したんだ!?」という批判が来ます。

しかも、その事件性の判断自体、専門的で極めて難しい。

そうなると…警察の立場になってみれば、

「医療関連死の場合は、余程悪質性が明確でない限り、そもそも介入しない」という考えに至ってもおかしくないですよね。。

これ↑はあくまでも私の想像に過ぎませんが、実際にそう感じる法医学者も少なくないはずです。

また本にもありますが、この事案のように(誤嚥による)“窒息”というのも、それ自体判断が極めて難しいです。

今回の事案では解剖が行われおらず、死後のCT画像で死因が議論されていますが、

これが仮に解剖を行ったとしても、(解剖しないに比べて議論が深まるにしても)そんなあっさりした議論にはならなかったと思います。

窒息は確実に細胞に傷害を与えるのですが、縊頸や絞頚による窒息を除いて、打撲や切創のような肉眼的に明らかな所見は残らないことが多いのもその一因です。

それくらい(誤嚥による)窒息は法医学的にも難しい死因なのです…。

本でも書かれていましたが、これからさらに高齢化が進む日本で、これに似たケースが今後また出てきても全くおかしくありません。

そういう意味で、この事案をきちんと振り返ることは極めて重要だと感じます。

本自体はそこまで難しい表現はなく、読み進めやすい文章でした。(私が医療者だからというのもあるかもですが)

興味を持った人は是非読んでみてほしいですね。

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