胃内容物の貯留の程度は、死後経過時間の当てにはならない

今回は「胃内容物の貯留の程度は、死後経過時間の当てにはならない」というテーマを、論文を引用して記事を書いていきます。

はじめに

人が亡くなった場合、「何が原因で死亡したのか?」

“死因”というのは、皆さんの多くが気になるところだと思います。

そして、その死因と同じくらい大きなテーマが【死後経過時間】です。

「亡くなってから(今の時点までに)どれくらい経っているのか?」

これは『いつ亡くなったか?』→ 【死亡推定時刻】に繋がるわけですね。

従って、死後経過時間がわかれば、死亡推定時刻が割り出せるのです。

とは言え、死後経過時間を推定することは実際そんな簡単なことではありません。

今現時点においても、世界各国の法医学者が、最新の機器を用いて様々な方法で死後経過時間の推定を試みていますが、

なかなか革新的な方法は開発されていません。

死後経過時間の推定法 一覧

学生向けの教科書レベルでいうと、死後経過時間の推定に使用できる方法は、以下の5つが有名です。

各項目は法医学ブログの方で確認してもらうとして、今回はこの最後の【胃内容物貯留の程度】について取り上げます。

胃内容物貯留の程度は、法医学者の間でも「あまり当てにならない」ことは以前より知られていました。

だって、胃や腸の動きなんて、体調によって大きく変わることなんて、皆さんも生活していたら気付くことですもんね…。

以前のNHK特集でも、某有名法医学教授が当てにならないことを(重視する警察を)嘆いていたのが記憶に新しいです。

それでも数少ない死後経過時間の推定法のひとつとされるので、未だに教科書にも載っていたりします。

ここでは、海外の論文雑誌から「最終摂食から11日経っても胃内に未消化の食べ物が残存していた」という症例報告を取り上げます。

引用論文:【サウナでの熱外傷から11日後の剖検で胃内容排出の欠如が認められた。法医学剖検症例報告】

この論文はオープンアクセス(全文が無料で読める)なので、気になる方は是非下記リンクの元論文を読んでみてください。
※リンク先の論文にはご遺体の画像もあります。閲覧する場合は十分注意してください。

Kerscher, S.R., Kern, N., Chistiakova, N. et al. Lack of gastric emptying at autopsy eleven days after heat trauma in the sauna– a forensic autopsy case report. Forensic Sci Med Pathol (2024). https://doi.org/10.1007/s12024-024-00931-3

以下引用始め

Abstract

A man in his mid-70s passed out in a public 90-degree sauna and remained unconscious for at least half an hour. He suffered third-degree burns to approximately 50% of his body surface area. Despite immediate transport to a burn center and intensive care therapy, he did not regain consciousness and died eleven days later.
When the body was opened, the lungs, liver, kidneys, and spleen showed changes consistent with the burns, intensive care therapy, and clinically suspected septic shock. The stomach contained approximately 200 ml of thickened chyme with coarse vegetable components. Such food components were not seen in the duodenum or in the following intestinal segments.
Considering the overall circumstances, the stomach contents must have been the last meal the man had eaten before the sauna session. The problem of reduced gastrointestinal motility in burn patients is clinically recognized. Nevertheless, a complete failure of gastric emptying for eleven days after intensive care therapy has not been described before and shows that the use of gastric contents in forensic practice is inappropriate for drawing conclusions about the time interval between last food intake and death and thus for estimating the time of death.

以上引用終わり

<日本語訳(機械翻訳)>

要旨

70代半ばの男性が、90度の高温サウナ内で意識を失い、少なくとも30分間は意識不明の状態が続いた。 彼は体表面積の約50%に3度熱傷を負った。 すぐに火傷センターに搬送され集中治療を受けたが、意識は回復せず、11日後に死亡した。
死体解剖の結果、肺、肝臓、腎臓、脾臓に熱傷、集中治療、臨床的に疑われる敗血症性ショックに一致する変化が認められた。胃には、粗い野菜成分を含む約200mlの濃厚な粥状物があった。このような食物成分は十二指腸やその後の腸管には認められなかった。
総合的に判断すると、胃の内容物はサウナに入る前にその男性が最後に食べた食事であると考えられる。 熱傷患者における胃腸運動の低下の問題は臨床的に認識されている。 しかし、集中治療後11日間、胃内容物の排出が完全に停止したという症例はこれまでに報告されておらず、法医学の現場において胃内容物から死亡前最後の食事摂取と死亡の時間間隔を推定することは不適切であることを示している。

考察

要旨の通り、「サウナで気を失った男性が、その後ICUで11日間治療後に亡くなったが、胃内に未消化の食べ物が残存していた」という主旨です。

「いやいや、サウナやICU管理下といった特殊環境下じゃん」
→ だから、一般的な環境下なら通例の通り信頼できるはず

そんな意見を唱えることもできるとは思います。

しかし、法医学で扱うケースでは、状況・環境が全て分かっているわけではありません。

いや、むしろ、実際はわからないことだらけです。

そんな状況において、性善説に立つ(わからないから、教科書通りにいくと判断する)のか? 性悪説(わからないから、教科書通りとはいかないと判断する)のか?

皆さんはどう思うでしょうか。

終わりに

今回は「胃内容物の貯留の程度は、死後経過時間の当てにならない」という主旨の論文を取り上げました。

胃内容物の貯留って、単純で理解しやすいので、警察官などの非医療人は結構飛びつきやすいんですよね…。

ですが、人体ってそんな単純ではないんですよね。。

いろんな条件によって、様々な動きを見せるのが生体です。

普段循環が止まったご遺体を見ているからこそ、法医学者にはそれがよく理解できています。

そういった世間の誤ったニュアンスを正すのも法医学者の責務なのかも知れませんね。

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