法医学に対する勘違い、現実の法医学との違い

皆さんにとってまだまだ馴染みの少ない法医学者。

そんな日陰の存在である法医学者を、実際どこまで深く知っているでしょうか?

今回は、皆さんがよく勘違いしていることを、

  • 一般人の勘違い】:一般の方がよく勘違いしていること
  • 医師の勘違い】:医師(などの医療従事者)がよく勘違いしていること

の2つに分けて取り上げたいと思います。

【一般人の勘違い編】

まず一般の皆さんがよく勘違いしていることです。

その誤情報・勘違いの多くが、ドラマや小説といったエンタメ作品からもたらされたものだと思います。

やはりエンタメですから、脚色による事実の誤認でしょうねー。

ある程度は仕方ないにしても、ここではしっかりと違うところは「違う!」と否定していきたいと思いますよー!笑

法医学者は現場に行かない!

まずこれは一番に思いつく勘違いです。

法医学者はそんなに易々と外に出ません。

警察も現場に法医学者なんて呼びません。

法医学者の判断が必要な場合は、警察が法医学教室に来ます。

わざわざ法医学者が行くことはないのです。

私はいわゆる“犯人”(正確には被疑者)の顔なんて一度も見たことありませんもん。

…いや実はまぁ、まれに(解剖にはならない)検案事例で呼ばれることはありますが。

ただそんなのは【年間に1件あるかないか?】くらいのレベルです。無い年の方が多いくらいです。

その程度のレアシチュエーションなのに、世の中の法医学作品は、まぁ外に出ること出ること。

でも、逆にひたすら大学の法医学教室に籠もりっきりというのも、展開が弱く、エンターテインメントとしてはパンチに欠けますよね…。

そう考えると、仕方ないのか。。

でも『実際の法医学者は基本的に外に出て行くことはない!

今回はこれだけでも覚えて帰ってくださいッ!!

法医学でもコミュニケーション能力は必要!

これも世の“ステレオタイプ法医学者像”をぶち壊す訂正です。笑

よく「法医学者はコミュ障」「奇人変人の巣窟」と描かれることの多い法医学者ですが、実際はそんなに多くありません!

普通に同じ医師業界と同レベルです!(むしろ私から言わせれば、大学病院の臨床医の方がゴニョゴニョ…)

正確に言うと、もちろん“そういう”先生も法医学にいますよ。

でも、そんな人だらけでは決してないということです。

だた実際はそういう先生も人手不足からか、教授になったりするのは事実です。

一般的な臨床診療科であれば、おそらく教授を選考する際、そういった人柄も見ているんだと思うんですが、

法医学の場合は、そもそも少ないので、そのあたりは緩くなるのか…?なんて邪推しちゃってます。(現役の教授先生方、すみません)

法医学ブログ
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幸い、私の周りの教授は皆さん人格者ばかりです!!

助手A
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でも、実際にそんな居たら、そんな先生の周りがきっとすごく大変でしょうね。

法医学者は、同業者はもちろん、警察や遺族、臨床医、時には役所の人間ともやり取りをしなければなりません。

そこでコミュ障だったら、、、皆さんにも想像に容易いでしょう?

ということで、実際の存在比率は「普通の医師の世界と法医学界では変わらない」です。

警察官と仲が良すぎる!

これはやや主観的な意見が入っていますけどね。笑

あまりに作品中の法医学者と警察官はベッタリ過ぎる気がするんですよね。

捜査情報を垂れ流したり、検査中の中途半端な結果をこっそり伝えたり…。

そんなことする法医学者・警察官は、周りからも信頼されませんよ?

少なくとも私は、中立性の観点からも、意図的に必要以上に警察官とは仲良くしていません。

あくまでもビジネスパートナーです。

そのあたりをはき違えると、仕舞いには法医学は社会からそっぽを向かれてしまうと私は思っています。

なのでね、、、法医学者と警察官が良からぬ関係に…なんて万が一でもありませんよ。笑

薬毒物分析が万能過ぎる!

これは、やや実務的な話になってくるんですが。

エンタメ作品では、必ずと言っていいほど【薬物殺人】がテーマの回がありますよね。

その理由は単純で、

  • 一見しても死因はわからないけど、解剖を経て分析すればあっさりと判明させられる
  • 他の死因に比べ、死因に対する描写がほぼ不要で書きやすい
  • 【○○中毒死】と書いてしまえば、そこに関する(専門的な)議論をすっ飛ばすことができる

このあたりの扱いやすさ?から、多用されるんだろうとは思います。

しかし、実際は全然違います。そんなに単純では決してありません。

  • どこからサンプルを採取するのか?
  • どうやって採取するのか?
  • 何に採取するのか?
  • どのように保管するのか?
  • どのような前処理をかけるのか?
  • どうやって分析するのか?
  • その結果はどのように解釈するのか?
  • 死後変化の影響はどうか?
  • 解剖所見に矛盾はないか?

パッと思いつくだけでも、これだけあります。(なので実際はもっと多くのことを考える必要がある)

なので、「血中から致死量の○○が分析されたので、死因は○○中毒だった」の一言で死因が決まるなんてことは、現実では絶対にあり得ません!

以上が、【一般人の勘違い編】でした。

細かいことを言えば、他に「“きれいな”ご遺体ばかりではない!」「創傷の判断はそんなに簡単じゃねぇ!」などもあります。

割と中には「頭の中ではわかっているけど、ひょっとするとあり得るんじゃ…」と思っていたものはありませんでしたか?

実際は“ひょっとすること”すらもないんです。笑

ここに明確に否定しておきます!

【医師の勘違い編】

一般の方々の勘違いに比べると、医師の勘違いはやや込み入っています。

それは、エンタメ作品によって形成された一般人の勘違いに比べ、医師の勘違いは、

医学部時の講義による曖昧な記憶を基に、そこからの【思い込み】が勘違いのベースにあるからです。

なので、単純に「そうであるはずだ!」と思い込んでいる点が、一般の方の勘違いに比べて重症と言えます。

法医学ブログ
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↑あくまで比喩的表現だよ

まぁ、そもそも法医学者は、同業者以外の医師との接点は殆ど無いので、実害は全くありませんけどね。笑

早速見ていきましょう!

病理医と勘違いしている!

私はこれが真っ先に出てきます。

かつて、

某医師
某医師

「先日のゼクありがとうございました!」

私

「えっ、あぁ…どうも」(いや、知らん)

某医師
某医師

「○○さんのCPCはいつ頃になりそうですか?」

私

「!?」
(もう誤魔化すのは無理か…)
「あっ、私病理ではないです!」
「司法解剖の方!ほらっ、警察とかのやつ!」

某医師
某医師

「あっ、すみません」

こんなこともありましたからねー。

たまに、中途半端な知り合いが「病理解剖ってどうやってオーダーすれば良いの?」みたいに、私に電話掛けてくることもあります。

実際の法医学者と病理医は…全然違いますよーッ!!

月とすっぽん、サメとクジラ、スナホリムシとスナホリムシモドキくらい違います!

University of California San Diego, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons

正直、殆ど接点すらないです。(これは法医学者が引き籠もっているからですが笑)

私は個人的に病理組織でわからないことがあれば、知り合いの病理医にしょっちゅう聞きに行ったりしますが、まぁ普通は滅多に出会うことはないでしょうね。

なので「あっ、すみません違います!」ってなります。

この勘違いが何故生まれてくるのか?は正直私にはわかりません。。

単純に、「解剖→法医学」という思考回路で繋がっているのか、私が病理医っぽいのか。笑

未だに、先輩医師に久しぶりに会った際に「まだ病理やってるの?(かくかくしかじか)…あぁ法医学だったか」というやり取りを数年に1回やってます。

なんだろう、これは私に特異的なイベントなのでしょうか?

ご経験のある法医学の先生がいれば、是非教えてください!

死因はそんなにすぐわかるものではない!

私の今いる環境には、たまに救急の先生方と死因についてディスカッションする場があるのですが、そこでよく言われてしまうのが、

  • で、結局死因は何なのですか?
  • 先生は、結論は何とお考えですか?

これです。

いや、まぁ…本当は端的に言いたいんですけどね。。

その死因に至るまでの判断過程もお伝えしないと、「法医学者が死因は○○と判断した」ということだけが一人歩きしてしまうので、

それを避けたい意図があるんです。

法医学者の言う死因で、法医学者自身が「100%自信を持ってお届けする死因名」なんてものは殆どありません。

否、私の場合は、全くないと言っても過言ではありません。

それくらい、毎回死因の判断には悩んでいます。。

また検査結果が出るのにも、時間がかかってしまいます。

オーダーすれば当日に検査結果が返ってくる臨床医、まして時間との勝負である救急医の先生方にとってはすごく不満を抱くシステムだと思いますが、

法医学の原則は、あくまでも【総合判断】です。

矛盾する結果が出てきたら、その矛盾が生まれた原因を説明できるよう、医学的・科学的に考えなければなりません。

そもそも1つの検査をするのにも、人手不足のこの業界では象の歩みの如くであり、

また結果が1つ出たとしても、他の結果が出るまでは判断できません。

例えば、交通事故による外傷死と考えられても、例えば肺に腫瘍があって、脳に多発転移を疑う腫瘤がたくさんあった場合、、、

「転移性脳腫瘍による意識障害で、交通事故を起こしてしまった可能性はないか?」ということを考えなければなりません。

逆もまた然りで、解剖で重度の肺炎があったとしても、その後、血中から高濃度の睡眠薬が検出されれば、最終的な死因は急性薬物中毒死かも知れません。(←エンタメ作品が大好きなシチュエーション!)

こういうことがないとは言えないので、少なくとも行った検査が全て出揃うまでは判断を保留しなければならないですッ!!

法医学者は警察の仲間ではない!

これは正直、医師の先生方が最も大きく勘違いしている点だと私は思います。

特に日頃、警察に不信感を抱いている臨床の先生は、法医学者に対しても“当たり”が強いです…。

臨床現場では、すぐに診療情報を提供してくれる先生も、法医学として情報を依頼した場合には「院内の規定を確認します」とすぐにお返事を頂けないことはざらにあります。

ですが、死因究明も時間との勝負なところも十二分にあるのです。

診療情報が後出しじゃんけんになると、解剖で詳細な所見を取り逃してしまう可能性だってあり得ます。

臨床医だって、予め癌のある場所の当たりをつけて手術開始しますよね?

癌があることだけしか知らない状態で、「どこかに癌はあるらしいから、術中に探して摘出してね」なんてことはあり得ないと思います。そこは法医学でも変わりません。

法医学者は“捜査員”ではなく、医学的・科学的に死因を判断する【医療従事者】です。

犯罪かどうか?なんて私は判断しませんし、「この治療行為はNGではないか?」と判断する立場にはありません。

一般臨床と同様、我々法医学者が知りたいのは「死因に関する情報」です。純粋に【死因の究明】だけを考えています。

その点をご理解いただけば嬉しいですね!

後記

ザザっとこんなところでしょうか。

「エンターテインメントに、何をそんなに目くじらを立てているのか!?」

というご意見もあるでしょうが、このご時世、違うものは「違う!」と言っておかないと、白も黒になる時代です。(言っても黒にされる時代ですらある…)

しかし、そこをきちんと理解して鑑賞する分には良いと思いますし、私もすごく楽しんでいますよ!

むしろ、「そこはエンタメである」と理解できていない状態で楽しんでしまうことが勘違いの根底なのかとも感じるので、両者をしっかりと区別できるといいですよね。

さて、今回は【法医学に関する勘違い】を取り上げました。

また「これって法医学で本当にあるの?」と気になったら、XでのリプライやQuerie.meなどで気軽に質問してくださいねッ!!

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