数年前から団塊の世代の教授が軒並み定年退職し、ここ数年は全国で法医学に関連する教授選が続いています。
ただ昨今の法医人材不足のあおりを受け、どこも適格者の選定に苦戦しているのが現実です。
「法医ポストの不足」と「ポスト適格者の不足」
そんな二重の難点が共存しているのが、現在の法医学が抱える大きな問題と言えます。
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さて、そうした中で、大阪府で監察医(定員1名)が募集となりました。
応募資格は、下記の通り。
- 医師免許を持っている
- 法医学に在籍した経歴があり、解剖経験がある
たったこの2点でした。
しかし、有効受験者数が2人いたにも関わらず、結果は合格者0。

メディアでも知名度のある“監察医”の公募が、なぜ不発に終わったのか?
今回の記事では、この「監察医公募の不発」について考察していきたいと思います。
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前提:なぜ有効受験者が2人もいたのに「合格者ゼロ」だったのか?
具体的な公募の失敗理由を語る前に、まずは今回の選考結果そのものについて少し触れておきましょう。
今回の公募は【年齢不問】
応募資格も「医師免許」と「法医学教室での在籍・解剖経験」の2点のみと、間口としてはかなり広い公募でした。
また、選考課題として課された論文のテーマは、「浴室内死亡事案における検案の注意点と、得られた所見をどう府民への注意喚起につなげるか」というもの。
これは法医学の実務に携わっている者であれば、そこまで頭を悩ませるテーマではなく、しかも面接当日に書くのではなく「事前作成・事前提出」の形式です。
それにもかかわらず、2人も候補者がいたが採用には至らず、結果は【合格者数:0名】というものでした。

2名とも辞退したのか、あるいは落とされたのかは定かではありませんが、間口が広く論文テーマも平易であったことを踏まえると、よほどの事情があったはずです。
私の推測ですが、おそらく応募してきた2名が経験不足であったり、何らかの理由で行政側が求めていた「大学法医学教室で独り立ちできる(あるいは現役バリバリの)実力派の法医学者」という後述の“求める人物像”に合致していなかったのではないでしょうか。
つまり、「応募はあったが、府が求めるレベルの“即戦力”は一人も来なかった」というのが事の真相だと私は考えます。
では、なぜそんな間口の広い公募だったにも関わらず、府が望むような優秀な実力派法医は応募してこなかったのでしょうか?
そこには、今回の募集要項に潜む「3つの失敗」があったと私は感じています。
それぞれ見ていきましょう。
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公募が不発した3つの理由
一つ目の失敗:任期付き職員だったこと
まずはじめに注意すべきは、この公募が「原則5年」の任期付きであった点です。
前述の募集条件をみると、【医師免許+解剖経験】ということで、大阪府はこの募集で「独り立ちできるくらいの実力を持った法医学者」を求めていたと言えます。
しかし、それは贅沢すぎたと言わざるを得ません。
そんな解剖執刀医として脂の乗った現役の法医学者は、当然法医学教室でも現役バリバリに働いており、現場で重宝されているはずです。
そのような恵まれた環境を捨て、尚且つそこでも5年経ったら辞めなければならない、、、そんな一時的なポジションに就きたいと思う先生はいるのでしょうか?(いや、いない)
法医学教室側としても、そんな実力者が出ていこうものなら、教室運営が崩壊してしまいます。
だからこそ、むしろ引き留めたいのが実情なはずです。
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それにたった5年であっても、行政職に就けば研究から離れることになるため、一旦研究者としてのキャリアもそこで途絶えてしまいます。
そしてまた、5年後に例えば元の職場等に確実に戻れる保証はあるのでしょうか?
安全な「片道切符」を渡されても、応募者にとっては「帰りの便」はもっと不安なはずです。
5年もの間、空席のポストがそのままずっと空いているはずがありません。
法医学教室もきっと代打の法医学者を見つけて、あなたの座っていた席をあてがおうとするでしょう。
そうなってしまうと、応募者にしてみれば、
「5年経って充実した監察医活動を経験できたは良いものの、再就職先が見つからない…」
なんて事態は容易に想像されます。
結論、きちんとした「往復切符」を用意すべきでした。
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二つ目の失敗:給与の設定が比較的少なめにしてしまったこと
またその給与も「1000万円弱」と、現役世代の医師としてはやや低額です。(一般的には比較的高給与だと思いますが)
法医学者として考えても、司法解剖やアルバイトをある程度しっかりやれば、それくらいの給料を超えるのはさほど難しくはありません。
むしろ、おそらく昇級もそんなに見込めない任期付き職員では、どうしても経済的なデメリットが多い印象を受けてしまいます。
なんせ、公務員は兼業禁止なのですから。
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また募集要項にはこうあります。

「現在の勤務先を退職していただく必要があります」
「いや、当たり前じゃん」と思った人は、考察が甘いです。
公務員の採用には、【割愛(採用)】という特殊な形態があります。
この制度の重要なポイントだけ書くと、この割愛採用であれば「元職場から、退職金や勤続年数を引き継ぐことが可能」になります。
例えば、国立大学の法医学教室で10年働いていて、“割愛”で府庁に採用された場合、大学からは退職金が清算されることなく、退職金・勤続年数は府庁に引き継がれます。
「そんなぁ…貰えるはずの退職金が先延ばしされるの?」と不安になる人もいますが、それは“朝三暮四”です。
退職金は、原則勤続年数が長ければ多くなるので、引き継がれた方が有利なことが多いのです。
でも、今回は「退職してください」とあるので、「割愛採用ではなかった」ということです。
つまり「一旦これまでの退職金は清算され、また5年後に再び大学に戻っても、勤続年数はゼロからリセットされている可能性が高い」そういう状況になります。
深読みすれば、この辺も実は今回の公募要項の“弱み”だったと言えます。
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三つ目の失敗:大学への根回しが足りなかったこと
冒頭の2つの応募条件は、要は「大学法医学教室で独り立ちできるくらいの法医」というもの。
それはもっと具体的に言うと、もう「大学の法医学教室に所属する現役法医」を狙っていたと言っても過言ではないでしょう。
なので、今回の公募も、事前に法医学教室と根回し(≒ 特定の候補者を推薦してもらう)ができていたら、その候補者の採用が決定し、当然一回目で公募は無事終了できていたはずです。
しかし、少なくとも今回(1度目)の公募は、失敗に終わっています。
これは「周辺の法医学教室との根回し等は行われなかった」か、「協議は行ったが候補者の調整がうまくいかなかった」のどちらかだったと言えます。
どちらにせよ、法医学教室側も「特定の候補者を推薦できるほど、法医人材に余剰がないこと」を表しています。
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ただし、結果的に「根回しが失敗した」とはいえ、逆にもし特定の大学と根回しができていたら、別の問題が出たはずだという見方もできます。
もし予定通り、周辺の大学からやってきた“その”候補者が採用されていたら、、、それはそれで「大阪府の監察医制度」という大きなシステムを、特定の大学の息がかかった人物がメインで動かしていくことになります。
その候補者が完全に独立でき、周辺の大学にも公平に対応できるほどの実力者であれば問題ありませんが、多少なりとも出身大学の法医学教室に肩入れする可能性もゼロとは言えませんよね。
いや、地域における大学法医学教室の発言力の強さを考えると、むしろ府側が大学に“おんぶに抱っこ状態”となっていた可能性の方が高いかもしれません。
臨床における「医局と関連病院」との関係に近いですね。
そうなってしまうと、在阪の法医学教室も1つではありませんから、他の法医学教室と政治的なハレーションが起きる可能性が高まります。
ひょっとすると府庁も、そういうデメリットを考えて「全くの無関係な、実力派法医学者がポッと応募してくれるかもしれない」と本気で信じていたのかもしれませんね。。
ただもしそうだったら、「あまりに今の法医学の状況を知らなさすぎる」というか、「楽観的すぎる」というか、、、こうなって然るべきだったと言わざるを得ません。
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小括:公募の失敗は起こるべくして起きた
以上、大きく3つの理由で、私は今回の監察医の公募が起こるべくして失敗したのだと思います。
ただ今年度が終わるまでにはまだ時間がありますから、次があるのなら、是非可能な範囲でしっかりと条件を改善して再公募に臨んでいただきたいですね。
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本題:監察医はオワコンなのか?
さて、ここからが本題です。
私は、今回取り上げた「監察医の公募の失敗」と、以前から取り上げている「法医学教授の公募の失敗」は、その本質的な意味合いが違っていると感じています。
大学法医学教室の教授公募が失敗したとしても、それは法医人材不足を背景として、「今の待遇や環境では人が来ない」という一時的な人材・ポストのミスマッチの問題と言えます。
なぜなら、大学法医学教室に対する絶対的ニーズは決して消えないからです。
大学の法医学教室といえば、最高学府の教室の長であり、最高レベルの研究機関です。
そして何より、殺人などの「事件性の高いご遺体に対する司法解剖」を実行する機関として、警察や世間から強烈なニーズがあります。
一方で、今回の「監察医の公募失敗」は、少し毛色が違うように思うのです。
残酷な言い方をしてしまえば、私には「監察医制度そのものの歴史的役割が終わりつつある(=オワコン化している)」ことの予兆に思えてならないのです。
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監察医制度本来の目的と現代のズレ
そもそも監察医制度とは、戦後の混乱期にGHQの要請で作られた仕組みです。
当時の日本は、伝染病や栄養失調(=餓死)、中毒死などが蔓延しており、「公衆衛生の改善」という急務に国を挙げて躍起になっていました。
だからこそ、死因究明を専門とする公的機関がどうしても必要だったわけです。
しかし、現代はどうでしょう。
伝染病や餓死で亡くなる方は激減しました。
昨今のコロナ禍では、法医学教室と同様、一時的に身動きが取れなかったという話も聞きます。
そして現在、監察医が取り扱うご遺体の大半は「高齢者の孤独死」や「病死」へと移り変わっています。
当然こういったご遺体の死因究明も非常に重要です。もちろんです。
ただし、本来の目的からは逸脱し、戦後直後のような「国家レベルの公衆衛生上の危機」という強いモチベーションや切迫感は、もはや社会からは感じません。
むしろメディアで目立つのは、「犯罪見逃し」や「真相究明」などの、事件性のあるセンセーショナルな犯罪捜査に関連する法医学教室中心の解剖ばかりです。
法医人材不足の現状、「まずは法医学教室の安定から」と考えるのは別におかしくないはずです。
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大学と行政の板挟み
社会的な優先順位が下がれば、当然そこに割かれる行政の予算も削られます。
それが今回の大阪府の公募要項に見られた、「任期付き」や「(他と比べれば)低給与」といった昨今の予算減少に端を発する「自治体予算の厳しさ」に直結しています。
さらに、監察医機関を維持するには、限られた法医人材を巡って、地元の大学法医学教室とパイを奪い合うことにもなります。
ただでさえ人材不足で疲弊している大学側からすれば、「行政の非事件性の解剖まで手伝う余裕はないし、ましてやうちの貴重な人材まで引き抜くなんて止めてくれ」というのが本音です。
しかし行政側からすれば、新たに監察医を採用しようにも、その「嫌がっている大学」から人材を引っ張ってくる(あるいは解剖の協力を仰ぐ)しか手段がありません。
そして、さらにここで厄介なのが、前述の「特定の法医学教室への利益供与(特定の大学による行政権限の独占)」という問題です。
仮に行政が、ある一つの大学に頭を下げて監察医を派遣してもらった(あるいは全ての業務を委託した)としましょう。
すると、その地域の「監察医制度」という行政権限や予算、症例実績などが、事実上その特定の大学に独占される形になります。
複数の医学部が存在する監察医地域において、行政が特定の大学にだけ事実上の利益供与を行うような状態になれば、他の大学からのハレーションを招く恐れがあります。
つまり、行政は「人材の供給源が大学しかない」にもかかわらず、「どこか一つの大学に依存すれば地域の政治的バランスが崩壊する」という、構造的なジレンマに陥っています。
結果として、周辺の大学等との協調やハレーション対策といった、実務以外の政治的な舵取りが極めて難しくなってしまっています。
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キャリアの中断という致命的欠陥
さらに、現場で働く法医学者個人の目線に立つと、上で書いたように、監察医というキャリアパスには致命的な欠陥があります。
大学の法医学教室にいれば、日常の実務に加えて「研究」や「教育」を行います。
研究をして論文を書き、学会で発表し、それを繰り返すことで業績を重ねていく…
そしてそこで得た知識を、学生講義や実習、教育の中で還元していく…
そうすることで、将来的に教授といったポストへステップアップしていく道が開かれます。
しかし、純粋な行政職である監察医に、原則として研究の時間は与えられません。
ひたすらに解剖・検案という「実務」をこなす日々です。
どれだけ過酷な実務をこなしても、学術的な業績は増えないため、いざ数年後に「やっぱり大学に戻りたい」と思っても、業績が足らず、大学のポストに戻れないという“キャリアの途絶”が発生しやすいのです。
これでは、将来のある優秀な若手〜中堅の法医学者が、自ら好んで監察医の道を選ぶはずがありません。
待遇や任期の問題以前に、「キャリアパスとしての魅力」が構造的に破綻してしまっているのです。
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だから監察医制度はオワコンになりつつある
現在、日本で実効的に監察医制度が機能しているのは「東京都23区、大阪市、神戸市」のみと言われています。
東京都については、首都機能としての圧倒的な財力と規模があるため別格です。ここは今後も独自に生き残っていくでしょう。
兵庫県については、実態はよくわからないですが、規模は大阪よりも小さいため、さらに厳しい状況にあると容易に推察されます。
そして、今回の大阪の事例を見る限り、、、もはや「大学法医学教室とは別に、行政が単独で専門の死因究明機関を維持する」というモデル自体が、昨今の日本の財政状況や人材不足の現状と強い摩擦を起こしていると言えないでしょうか。
誤解してほしくないのは、監察医制度が担っている「死因究明」の重要性が下がることは決してありません。
しかし、それを「監察医」という自治体が担うという制度自体は、すでにその歴史的役目を終えたのかもしれないと、今回の大阪府の公募の結果を見て強く感じた次第です。
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やはり次世代は、大学法医学教室を中核とした【死因究明センター】なのでは?
では、監察医制度がオワコン化したとして、今後の日本の死因究明はどうなるべきなのでしょうか?
私は、中途半端に分散してしまっている「監察医」と「法医学教室」のリソースを、最終的には、大学法医学教室を中核とした“超党派”の【死因究明センター】のような形で一元化していくしかないと考えています。
現状のように、自治体が無理をして独自に監察医機関を維持するのではなく、その予算と人員を、地域の死因究明センターに集約する。
そして、大学群を主体とするセンターが、「事件性のある解剖」と「事件性のない解剖」の両方を、十分な人員と予算のもとで一括して担う体制を構築するのです。
もちろん、それには国レベルでの根本的な法整備と予算の再分配が必要不可欠です。
しかし、どっちにせよ、このままではジリ貧でパイを奪い合い、一方が破綻するだけです。
そうなるまで放置してしまうのではなく、新たな制度の確立こそが、限られた法医人材を最大限に活かす、現実的な打開策であるはずです。
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終わりに
「監察医制度は時代遅れなのか?」
その問いに対する結論は、今回の公募において既に答えは出ています。
「合格者ゼロ」
これこそが、法医学の現況が突きつけた、最も残酷な答えです。
制度の寿命はもう尽きかけている。
となれば、次に求められているのは、新しい死因究明の形をどう築いていくかという、社会を巻き込んだ、突っ込んだ議論なのではないでしょうか。

