現役法医学者が考える、法医学界の未来予想図

雑記

先ほどの解剖結果について考え込んでいたら、またすぐ次の解剖依頼が入る…

正直に言うと、そんな日は本当に気分が落ち込みます。

「法医学者が少ない」

2007年の「時津風部屋力士暴行死事件」を契機に、社会にそれが大きく露呈しました。

“チームバチスタ”で有名な海堂尊氏が、「死因不明社会」という本を書いたのも実は同年だったりします。

…時は流れ、そこから約20年。

果たして状況は改善しているのか?

私自身、日々の多忙さを考えるとNoと答えたくはなるのですが、、、

数字だけで見れば「Yes」です。

法医学認定医 (※目視です)
2007年 約112人
2022年 約140人

ただし大学法医学内の1人MD(医師)の割合は増えている。(※目視です)
2007年 約30%
2020年 約41%

ただ私自身の肌感としては「少なくとも、良くなっているとは感じない」です。

「過去〜現在」はそうとしても、我々が生きるのは、この先の「未来」である

今回は、現役法医学者として働く私が、「将来の法医学界」について本気で予想したいと思います。

それらはあくまで“予想”ではありますが、読者の皆様には、そこから「法医学界の“今”」を少しでも感じてほしいです。

…

…

結論から書くと、全体の傾向としては『法医学者は潰れない程度に酷使させられ、その一方で、解剖の重要性の比重は減っていく』と思っています。

詳しく解説します。

まず「法医学者が増えるか?」については「このまま微増していく」と思います。

言っても、国や自治体も、さすがにいろいろと法医学者を増やそうと、経済的支援をしてくれています。

それを受けて、それなりにやる気のある法医学教室はリクルートに力を入れてますし、実際に院生も増えています。

また、どんなにやる気の無い教室であっても、このご時世、「来る者を拒む」のような対応はしないでしょう。自分たちの首を絞めるだけですからね。

昔から法医学者は元々少ないので、法医学者を辞めて減少する数を含めても、全体としてはきっと「法医認定医の数は増えていく」でしょう。

…

しかし、忘れてがちなのが、「法医解剖の需要は、それを遙かに超えるスピードで今後増えていく」ということです。

2040年まで、死亡者数は右肩上がりで増加し独居者も増える中で、その数に比例して法医解剖の数も右肩上がりします。

それを補えるほど、法医認定医はきっと増えないでしょう。

…

その大きな理由の一つが「大学ポストがこれ以上増やせない」からです。

多くの大学法医学教室において、「現在設置でき得る教員ポスト数は、フルに使い切っている」というのが現状だと思います。

もちろん、大学によってはポストに空きのある法医学教室はありますし、枠を増やす余地のある教室もあるかもしれません。(それ以外で余っているのなら、早急に使ってほしいくらいです)

ですが、問題の本質は単なる数ではなく、「ポストを必要とする法医学教室にポストが無い」という点です。

「どんどん院生が学位を取らせてあげられる法医学教室にポストが残っていない」ということです。

昨今の働き方改革や、若者の価値観の変化もあって「(学位を取った大学じゃなくても)どこでも行きます!」みたいな人は確実に減っているはずです。

私でもやっぱり勤務地は選り好みしますよ。私の人生ですから。

そういうことを考えると、私はやっぱり「そこまで大幅な法医学者の増加は見込めない」と考えますね。

従って、結局のところ、「法医学者一人あたりの法医解剖数が増える」→「法医学者の解剖負担は増える」となります。

…

ここで「認定医になれた法医学者すべてが“鑑定のできる法医学者”になるのか?」という点にも少し注意が必要です。

法医解剖、その中でもとりわけ「司法解剖」は、鑑定書を作成する性質上、科学的な客観性・妥当性が必須です。

私も毎回神経をすり減らせながら解剖・鑑定をしています。正直、本当にしんどいですよ。

  • 一つ一つの解剖所見が客観的に取れているか?
  • 各解剖所見が、全体の医学的・科学的な考察に矛盾していないか?
  • もし矛盾するのなら、それは何か別の考察で説明ができるか?
  • 最後にまた再び全体を俯瞰して、自身の判断に誤りはないか?無理筋はないか?

それを毎回毎回の解剖事例で丁寧に行い、それを言語化し、鑑定書として提出します。

万が一テキトーな判断をしようもんなら、誤った結論や結果に到達しかねないわけです。

だからこそ、法医学者(・鑑定医)として“まとも”でなければいけません。

要は「ある程度“きちんとした法医学者”にしか司法解剖は任せられない」ということです。

「この先生には司法解剖を任せられるか?」

この“見極め”も、法医学教室としては重要な判断となります。

…

そんな背景も相まって、「法医学者一人あたりのの解剖負担は、今後もどんどん増える」と容易に考えられます。

法医学者は大学教員にも関わらず、研究する時間をきちんと確保できるのは、法医学者や院生を多く抱える法医学教室だけになります。

地方を中心とする【一人法医】などの法医学教室は、ひたすらその地域の法医解剖に忙殺される。

当然そういう法医学教室はリクルートにも困ってくるはずです。

そして、いずれそれにも限界が来ます…

というか、私はその“限界”の前に「法医学者の限界が来ない程度に、警察等が法医解剖数を調整する」と思っています。

だって、「法医学者に限界が来て、解剖がSTOPしてしまう」のが、警察からすれば最も避けるべき事態ですからね。

なので、「ちょっと気になるから、念のため解剖しておこう」という事例は極力減らし、「本当に必要と思われる事例のみ法医解剖に回す」という運用が徹底されるでしょう。

今現場にいる人からしてみれば、「そんなの現状においても、すべてが必要だと思われる事例で解剖しているんだ!念のため解剖なんて概念は存在しない!」

という意見もあるでしょうが、でもこのまま順調に解剖が増えてしまえば、法医学者が壊れてしまいますからね。

例えば、解剖待ちが1ヶ月を超えてご遺族への返還が遅れに遅れたり、解剖をせずに判断した結果、重大な殺人事件の捜査に致命的な支障が出るような事態にもなりかねません。

そうなると、人が増やせない以上、入ってくる解剖を物理的に調整するしかないのです。

「念のため解剖」を減らし、「事件性の極めて高い事例」の解剖の割合を増やす

そして、「近いうちに解剖数はプラトーに達し(※下図参照)、その後、解剖率は微減していく」でしょう。

…

とはいえ、解剖率が減ったことによって、犯罪の見逃しが増えると本末転倒です。

なので、「解剖以外の情報の重要性が高まる」と思います。

例えば、下図の通り、実際に死後CT撮影機器の導入は進んでいますので、死後画像検査の実施数自体ももっと増えていきますよね。

解剖しないのなら、「(少なくとも)死後CTでは、所見が無い」という情報は必須に近い形に重要視されていくと思います。

さすがに、現状の「検案のみで判断」というのはやっぱり厳しいでしょう、、、

いや、経済面や現場負担を究極的に考えると、「CTすら全例実施は困難」となると、検案のみに頼らざるを得ないか…?

何にせよ、死後画像検査や、場合によっては検案の数は、解剖率が減ると反比例して増えます。

その他、既往歴等の医療情報は今よりもっともっと死因究明に役立ないと駄目でしょう。

それ(=解剖前の情報収集)で解剖しないで済むのなら安いものでしょ?と、今ですら私は思うのですが…。

…

そうなると、相対的に「解剖情報の重要性は低下」せざるを得ません。

「解剖してもわからない」なんてことも、実際の解剖現場では決して少なくはありません。

ですが、法医学者は「『解剖してもわからなかった』ということが重要なのだ」という主張をします。実際そうなんです。すごく重要です。

でも、そんなことも言ってられなくなる。

「解剖してもわからない」となるなら、最初から解剖はしない

そんな未来も全然あり得ると思いますね。

…

…

以上のように、おそらく今後の法医学界は、「徐々に力を失うが、潰れるところまではいかず、細々生きながらえる」と私は考えます。

まぁ、結構厳しいと思います。だって今、業界の中に明るい雰囲気はほとんどないですもん。

言い方はすごく悪いですが、学会に参加しても「はいはい、毎年やってますよね」「また同じようなことか」ってことばかりです。

他の学会に比べても、法医学会は会員が少なく仕方ないところは多分にあります。

だからこそ、(多少自分達なりに頑張ったとて)「誰にも気付かれずに沈んでいき、社会が気付く頃にはほぼ瀕死の状態になっている」と思ってしまうのですよね。

結構厳しい予想ですが、少なくとも現況のまま、抜本的な改革が起こらなければ、かなりの確率でそうなってしまうものと私は予想しています。

…

…

とまぁ、「ディストピアとなった法医学界」だけで予想が終わってしまうと暗い記事になるので、最後に「それを避ける方法は?」についても書きたいです。

そもそも私は楽観主義者なので、無責任ながら「とはいえ、いつか予想もつかないエボリューションが起こるのでは?」と思ったりしちゃうんですよね。笑

だって、、、困るでしょ?法医学が無くなったら。

現場の警察や、お国のお偉いさんもそれくらいはわかっているはずです。

なので、「何かあっと驚くような“強制的な変化“が来る」と、漠然と思ったりします。

「“強制的な変化”ってなんだよ、それ!」と言われそうなので、一つ自分なりに考えると、やっぱり【新たな解剖専門機関の設置】とかですかね。

法医学界でも「死因究明医療センター化構想」とか言ってますが。

近い都道府県同士が「広域連携」して、「解剖のみを実施する機関」を作り、専任のポストを作って、解剖はそこで集中的に行う。大学法医学は研究や教育に専念する

具体的に考えると、そういった解剖機関の設置を新たにするしかないと思います、、、というか、なし崩し的にそうなる可能性も十分あり得ますよね。

…

最悪のパターンとしては、おそらく「地方から順に“限界”を迎えてしまう」かと思いますが、すぐに代わりが見つかるとも限らない。いや、むしろ見つからない可能性の方が高い。

でも、その地域で必須な解剖を止めるわけにはいかない。

なので、おそらくそうなってしまえば、近隣の都道府県がカバーに入ることになります。

※現状ですら「都道府県を越えた法医解剖」というのが、一時的であれ、たまに起きることがある

それが常習化し、ドミノ倒し的に「近隣の法医学教室の崩壊の連鎖」が起こってしまうことを防ぐため、

「こうなってしまっては、もう××大学をこの一体の地域の解剖拠点にするしかない」

そんな考え方に至っても全然おかしくはありません。

最初はその解剖機関が大学機関内に設置されたとしても、長期的には改めて新設などの形で“地域の死因究明センター”化を進める圧力はかかるはずです。

だって、「なんで教育機関・研究機関である一大学が、周りの都道府県も含めた地域の死因究明を、大学予算を使って守らなければいけないのか?」となりますもんね。

「社会への還元」と言っても、我々だけでは限界がありますし、そう言うのなら、むしろもっと医学全体を巻き込むべきです。

というか、もはや「一つあるいはごく少数の関係する大学だけで、その地域の死因究明の全責任を負わるような構造」は駄目ですよ。。もっと今から(そして今後はさらにもっと)法医学教室同士で助け合っていかないと…。

結果的に「なし崩し的な死因究明センターの新設」も、今のままでは十分あり得るとも思いますね。

別に私は学会の差し金ではないですがね。というか、今法医学をやっている人が普通に考えても、「解剖の集約化」くらいの手段はしかないのでは?

あとは、そういう「箱」を作っても、「中身(=解剖者)」をちゃんと増やせるか?とかの心配はまた出てきますけどね。

…

以上、長々と書いてきましたが、これが現場で法医学者として実際に働く私が、本気で考えた法医学の未来です。

将来、答え合わせが来る時に、この予想は当たってしまっているのか?

良い意味で予想が裏切られていることを期待したいです。

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